第21話 ゴブリン以下のクソ野郎

 体育館に入ると、独特の匂いがした。匂いのなかに血生臭いものが混じっている。


 そこには、先に行っていた山口登志夫先輩がいた。

 先輩は壁に背中をつけて放心状態だった。


 ヨシムラ先輩は体育座りして顔をうずめている。

 

 他には誰もいなかった。


 ん? 他の三人はどうした?

 周りを見回しても、無人。


 嫌な予感しかしなかった。


「あそこ! あそこに誰かいる!」

 と来生響子先輩は、観客席を指さして、すぐに僕の背中に隠れた。


 僕がそちらを見ると、『そいつ』が席から立ち上がった。


『そいつ』は褐色の肌に純白の皮鎧を身に着けていた。

 ほっそりとした体型だ。けど貧弱な印象はなかった。

 手には細身の剣を下げている。


 黒髪が波打ちながら褐色の顔に垂れ下がっていた。

 ハンサムだ。外人のような彫りの深い顔をしている。

 日本人ではない。

 それどころか……人間なのかも怪しい。

 なぜなら、『そいつ』の耳の先端が尖っていたからだ。

 魔族? ダークエルフ? なんかそんな感じだった。

 

「やあ、きみたち! はじめまして! そしてさようなら!」


『そいつ』がふっと消えた。

 え?と驚く間に目の前に現れる。

 剣を振りかぶっていた。

 硬直したり、わずかでものけぞったりしたら、首を斬られていたのだと思う。

 僕の身体は無意識に前へ出た。

 後ろには女の子たちがいる、絶対守る、と、体育館に来るまでの間ずっと念じつつけてきたのが、無意識の底に刻み込まれていたのだろう。

 前進はさらに加速する。

 頭から突っ込んで行った形になった。

 頭に何か硬いものがあたり、 『そいつ』は後ろによろめいた。


 僕にも衝撃が来て、突進は止まったけど、体勢を崩すほどではなかった。


「痛いな、きみ!」

『そいつ』は顎を抑えながら立ち上がった。


「きみは生意気だな! きみは最後にする! 同胞がやられていくのを見てるがいい!」

『そいつ』は芝居がかった憤激の真似をすると、ニタリと笑って、姿を消した。


 次に姿を現したのは、ヨシムラ先輩の前だった。

 細身の剣をヨシムラ先輩の頭のあたりにプラプラさせた。

 ヨシムラ先輩はかすれた悲鳴をあげた。尻をつけたまま後ずさった。

『そいつ』は剣を振り上げた。


「やめろ!」

 僕は声を張り上げたが、『そいつ』はこちらを見て、ニタリと笑って、ヨシムラ先輩の頭を斬った。頭部を失った首から血しぶきが噴出した。

 ヨシムラ先輩は淡い光を放って消えた。


 ぐらりとした。

 あまりの凄惨な死にざまに身体中の血が沸騰しそうだった。


「おまえっ!! 僕が相手してやるっ!! 殺すぞこのっ!!」

 と怒鳴ったときにはもう『そいつ』の姿はなかった。

「誰が誰の相手をするって?」

『そいつ』は目の前に現れた。顔が近い。ニヤニヤ笑っている。

 僕は槍を繰り出したが、『そいつ』はまた消えた。


 今度は山口登志夫先輩の前に現れた。

「やめて……やめて」

 山口先輩は泣きながら首をふって、命乞いをした。


「それはほら、あそこにいる可愛い顔をしてるくせに生意気な目をしてる少年に言って?」

『そいつ』は僕を指さした。


「小森てめえ! 何とかしろ!」

 山口先輩は怒鳴った。


 僕は槍を持って突進したかった。

 だが同時に間に合わないこともわかっていた。

 何より僕の背後には女の子たちがいる。


「では、さようなら」

『そいつ』は剣を振るって、山口先輩の首を刎ねた。首から血しぶきを上げて淡い光となって消えた。


「まあ、安心したまえ。アヴァロンでは死ぬことはない。ただ『転移』するだけでね」

『そいつ』はニヤニヤ笑いながら続けた。

「もっとも『転移』する気が起こればだけど……悲惨な死にざまをした奴は『転移』などしたがらないものだよ」


「さあ、プレイ再開だ。今度はきみの彼女たちを『転移』させるよ。もっとも惨いやり方で」

「タイマンで来いよ、金なし野郎が! おまえなんか小鬼ゴブリン以下だ!」

『そいつ』の顔からニヤニヤ笑いが消えた。プライドが傷ついたらしい。

小鬼ゴブリン以下だと……! いいだろう! まずはきみの手足を斬る! 苦痛のなかで女たちが殺されていくのを見ているがいい!」


 僕なりの成算があった。捨て身の成算だ。

 何よりも女の子たちを殺させるわけにはいかない。


『そいつ』は瞬時に僕の目の前に現れた。ニヤっと笑いながらまた消える。

 右腕に痛みが走った。小鬼ゴブリンの槍を床に落としてしまう。ドッと血が噴出した。

 床に両膝を着きそうになるが、意志の力を振り絞って立ちつくした。


 ハハッと『そいつ』は嗤った。

「さて次はどうするかね? 左腕か、右脚、左脚、どれにする?」


 僕は何も考えずにいた。何かを考えれば態度に出てしまう。

 機会はある。たった一度だけの。


『そいつ』が現れた。案の定、脚を狙ってくる。左脚だ。左脚が血しぶきを上げた。

 当然左側に倒れる。が、右脚に力を込めて、その倒れる速度を上げた。


 左手で『そいつ』に喉首を掴んだ。『そいつ』は驚愕に目を見開いた。

 頭突きを食らわす。まずは鼻の軟骨を潰した。何度も何度も頭突きを食らわす。

 左手で握力の限り首を絞める。

 右膝で股間に打撃を与え続けた。


(逃げろ、逃げてくれ)

 と女の子たちに念じながら決死の攻撃を繰り返す。


『そいつ』が右腕を上げる。剣で殺す気だ。

 だがじりじりとしか上がらなかった。『そいつ』の右腕が突然止まり、バタっと倒れる。

『そいつ』はついに気絶した。


 朦朧とした意識のなかで、女の子たちの泣き声が聞こえた……

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