第27話 アヴァロン島と『転移』のこと
赤服の三人は、みんなさん美人だった。
リーダーは、紅色の髪をベリーショートにしていた。小顔によく似合っている。緑色の瞳が鋭く光っていた。
お付きの二人は、一方が緑色の髪に緑色の瞳、もう一方は、銀髪に灰色の瞳をしている。
二人ともセミロングだが、緑色の髪はウェーブがかかり、銀髪はストレートだった。
赤い乗馬服?のうえに
とはいえ、ただたんに、軍人というには華がある。
美人の放つ華やかさがあふれているばかりではなく、彼女たちには軽やかな気品があった。実務家の野暮ったい感じはしない。
それもそのはず。
後で知ったことだけど、彼女たちは軍人ではなく、姫とその御付きだった
三人の名前は、リーダーの姫がカディアさん、緑色の髪の少し小柄な美人がミリアさん、銀髪の長身の美人がアノアさん。
カディアさんは、ダルカン公爵の娘で、ミリアさんとアノアさんの二人は彼女の護衛役だった。ご学友、親友でもある。
ダルカン公爵はこのあたり一帯を治める大貴族で、カディアさんは領地に接するマークウッドの森に偵察に来ていたところを、学校の転移を目撃することになったという。
彼女たちの風貌に、僕以外のみんなは困惑している様子だった。
それはそうだろう。
カディアさんの髪の紅色は赤毛というにはあまりにも鮮やかだったし、ましてミリアさんの緑色の髪はどうしたって、彼女たちが異世界の住人であることを示していたからだ。
僕はむしろ当然のような気がした。
和製異世界ファンタジーは人種問題などない無国籍なもので、それを象徴するのが緑やらピンクやらの髪の色だったから。
風貌といえば、彼女たちには、耳に特徴があった。
耳の先が尖っている。
アンテナのように長く突き出た耳ではないので目立たないが、僕は見逃さなかった。
……エルフかもしれない。
校舎最上階の理事長室に向かう間、カディアさんたちは意図してか、校内をジロジロ見たりせず、質問もせず、黙って権田先生の先導に従っていった。
藤堂先輩は隙あらば何か質問したがっている雰囲気だったが、タカ先輩は泰然自若というか我関せずというか、とにかく無関心な様子だった。僕はといえば寝不足と疲労で歩くのが精一杯である。
他の先輩たちは、校舎一階の会議室だ。
校舎に入るなり、会議室で待機するように権田先生に言い渡されていた。
そういえば校舎二階の教室にいる白皇つかさ先輩たちはどうしているのだろうか?
気懸かりといえば気懸かりだったが、不思議と胸騒ぎは起きなかった。春日くんがいる。彼なら彼女たちを守ってくれるだろう。
権田先生は、三本の剣を抱えていたため、理事長室のドアは生徒に開けさせた。
理事長室のドアノブを握ったのは、序列最下位の僕だった。
理事長室にいたのは、理事長の蒼麻貴子先生と校長先生、教頭先生、養護教諭の深田奈津子先生の四人だ。
教頭先生は頬に湿布を貼りつけていた。権田先生が入室してくるとジロリと睨んだ。続いてカディアさんたちが姿を現すと、ハッとなって蒼麻貴子先生に振り返った。
蒼麻貴子先生は自然な挙措で椅子から立ち上がった。入室してきた三人を出迎えるためだ。
特に連絡を受けていないはずだから、三人を客人として出迎えたのは先生の器量のなせるわざだろう。
さっそく剣を三人に返すように目配りすると、教頭先生と深田奈津子先生が息を呑む気配があったが、権田先生はうやうやしく剣を三人に返した。
「うむ。賢明な判断である。感謝する。貴公が城主であろうか?」
カディアさんは、すすめられるままにソファーに腰を下ろすと、対面のソファーに座る蒼麻貴子先生に尋ねた。
「城ではなく学校ですが、責任者はたしかにわたくしです」
「ならば貴公にここで起きた出来事の説明をせねばならない」
「願ってもありません。ただ、貴女がどなたかお教えください」
それに答えたのは、カディアさん本人ではなく、ソファーに座らず背後に控えていた緑髪のミリアさんだった。
カディアさんたちの名前と身分を知ったのは、このときである。
この世界は、フェイ=アースと呼ばれていて、妖精たちの世界といった意味合いだそうだ。
そのフェイ=アースの西の果てにあるのがアヴァロン島で、僕たちが今いるところだ。
アヴァロン島は、『楽園』とも呼ばれていて、不老不死の者たちが住む。
この島では、事故死のようなものでも『転移』するだけだそうだ。
「死=転移」だ。
ただし『転移』を望まない者たちもいる。
惨たらしい死を経験した者は『転移』を望まない。
「では、消えた生徒たちは……」
蒼麻貴子先生のクールな美貌には変化はなかったが、声音には痛みをこらえるような震えがあった。
「それはわかりません。今まで転移の途中で消えた者はいませんので、どうなっているのか」
緑髪のミリアさんの声は事務的なものだったが、慰めるような響きを隠せないでいた。いい人っぽい。
「ただし、行方はともかく、何が起こったのか、それを知る手立てはある」
とカディアさん。
「それは?」
「召喚した者に直接尋ねるのだ」
カディアさんの言葉に、蒼麻貴子先生は軽く目を細めた。
「問題は召喚した者が難しい立場にいることだ。もともと政治的に孤立しているうえに、今回の召喚でさらに立場を悪くしているはずだ」
カディアさんが少し眉をひそめる。
「今回の、というと、何か問題があったのですか?」
と蒼麻貴子先生。
「そうだ。今回に限って、複数人が召喚された、しかも建物ごとだ。前例がないことだ。そうだな? ミリア?」
「はい。召喚は
「まさか王都から離れたこんな辺境の片田舎に現れたのだから、私たちも迷惑……じゃなかった、戸惑いを隠せないところです」
辺境の片田舎、という銀髪のアノアさんの言葉に、カディアさんが苦笑を浮かべた。
「貴公らが、敵か味方か、そもそも何者なのか、はからせてもらった。しばし上空で静観していたのはそのためだ。許されよ」
あー。
一応そこは謝罪するんだ……悪いと思っているんだ……虐殺現場を静観していたことを……。
僕の怒りが伝播したわけでもないだろうけど、権田先生がムッとして何かを言いかけた。
それを目線で抑えたのは、蒼麻貴子先生。
権田先生は怒り心頭でもあり、罪悪感のとりこでもあった。
全校生徒に近い人数を体育館に誘導したのは、権田先生だったからである。
そこに呼び出しがあり、一時的に佐田先輩に任せて、理事長室に向かったという。
結果は、体育館に集合していた生徒たちは全滅。
それは違うかもしれない、と僕は後で伝えることになる。彼らは殺されたわけではないらしい、どこに消えたのかは謎だが、争った形跡も血痕もないところをみると、どこか別のところに転移した可能性が残されている……。
それを聞くと権田先生は静かに目を瞑った。何かに祈りを捧げるように。
話を元に戻す。
警察の対応を待つべきだ、と言い張る教頭先生と、いますぐにでも戦うべきだと主張する権田先生で言い争ったという。
最後は結局、権田先生のビンタが教頭先生に炸裂、理事長から日本刀を借りて、校庭の生徒たちのもとに走った、ということらしかった。
「貴女の立場はわかりました。……召喚した者、という方とお会いできますか」
「ぜひもない。王都にいる彼女と直接会ってやって欲しい。あやつも詳細を知りたがるはずだ。直接謝罪もしたいだろうしな」
「わたくしが王都に向かうということですか?」
「うむ。察しが良くて助かる。それと《無限の者》を連れていく」
「《無限の者》……?」
蒼麻貴子先生の言葉が理事長室に落ちた。
「うむ、そうだ。《無限の者》、召喚されし者、“光輝の騎士”にも“暗闇の公子”にもなりうる無限エネルギーの保持者」
カディアさんがソファーから立ち上がり、壁際に控えていた僕たちに近づいてきたのはそのときだ。
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