第10話 うちの学校は美人教師ばかり

 会議室には先生たちが集まっていた。


「何度も言いますが、私が周囲を見てきます。行かせてください」


 権田先生がヤクザ顔で校長先生に迫っていた。

 校長先生は福々しい丸顔に戸惑ったような表情を浮かべている。


 校長先生は、福々しい丸顔にとまるまるとした体型と相まって、こう言ってはなんだけど、なんとも愛らしい感じだ。

 全校生徒に慕われているが、女子生徒の間で特に人気がある。


「そう言われてもねえ」

「校長!」


「権田先生、校長先生はあなたの身をおもんばかっているんですよ。何度も言いますが」

 そのとき、教頭先生が間に入った。

 長身瘦躯で黒縁メガネをかけている。黒々とした髪は染めているようだ。


「生徒たちが騒ぎはじめています」

 権田先生は会議室を見回して静かに言った。

「しばらくは佐田がおさめるでしょうが、もう限界でしょう」


「まずは『転移』してきた生徒たちの話を聞いてみたらどうですか? 何かこの現象のヒントがあるかもしれません」

 SF研の顧問もやっている理科の三田みた先生が震えた声で言った。


 小柄で猫背、お腹が出ている。可愛い系の童顔で、常におどおどした態度と相まって、一部のマニアックな女子に人気がある。ド近眼で、メガネのなかの目が大きく見える。

 SF研は僕も興味があったのだけど、なろう小説をバカにする先輩がいたので、入部することはなかった。

 だけど三田先生は、同種のオタクな感じがするので、嫌いじゃない。


 生徒たちは会議室の後ろのほうの席に座っていた。全員で八人。

 ジャージ姿は僕と三人の温泉女子だけだ。


(ありがとうございます。ほんとうにありがとう……そしてごめんなさい)


 僕は心のなかで彼女たちに感謝と謝罪をした。


 ひとりだけ喪服姿の男子生徒がいたが、葬式の最中に転移してきたのだろうか。背筋をピンと伸ばして、なんか雰囲気のある生徒だった。


『転移』について、生徒たち一人一人に質問してきたのは、国語の新垣早織先生と英語の北川きたがわ英理子えりこ先生だ。


 二人とも美人である。

 うちの学校の女教師は美人しかいない。


 美人ばかり採用するのは差別だという批判もあったようだが、僕たち男子生徒たちにとってはありがたいことだった。

 政財界肝いりの学校だけあって、何かの実験的意図があるのかもしれないという話もある。


 新垣早織先生は新卒採用でまだ若い。美少女にしか見えない。

 小柄で細い身体つきで、いつもスーツを着ている。ショートヘアからのぞく白いまるい額とすっきりした顎のライン、ほっそりとした首筋が清潔な印象を与えている。


 北川英理子先生は白人モデルにしか見えない。既婚者。

 彫りの深い美貌は母方の祖母がロシア人だからだそうだ。ふんわりさせたミディアムヘアで、ウェーブがかった髪の先端が繊細な鎖骨まで届いている。


『転移』については、みんなの体験は、僕とだいたい同じだったようだった。

 一瞬のことで、その間に、異空間なり亜空間なりを移動した感じはない。

 

「警察を呼びましょう」

 美術の澤井さわい先生が言った。

 中肉中背の青年教師だ。なかなかカッコいい。女子に大人気だ。くそう。テニスの部の顧問。


「警察を呼ぶ理由はどうしますか? 海のようなものに囲まれているから助けてください、とでも?」

 教頭先生は周囲を見渡しながら詰問した。


「ですから! いまのうちに全校生徒を帰宅させるべきです! 私が外が安全か見てきます!」

 権田先生はキレたように大声を出した。


「いま警察を呼んだところです」

 理事長の蒼麻そうま貴子たかこ先生が入室してきた。クールビューティというのか、とにかく凄みのある美人である。

「学校がテロリストに占拠されたという理由で」


 先生たちの間で、戸惑ったような沈黙が下りた。


「しかし、理事長、それでは……」

 校長の丸顔から、さすがに笑みが消えた。


「後のことは蒼麻家でなんとでもなります」

 蒼麻家は古代から続く名家だ。政界や財界に影響力をもっていた。


『蒼麻学院』を新設したのも、人材育成のためだったという。


 貧富の格差が開く一方の現代社会で、いわば教育格差とでもいうべき重大な問題が発生していて、それを乗り越えるために、庶民から財閥の子弟まで平等に教育する学校が創立された。


 僕のような庶民の子が、高等部に転入できたのも、そうした理念があったからこそだ。


 警察? 事は警察レベルではないだろう。せめて自衛隊を呼べるものなら呼んで欲しい。


 僕にはイヤな予感しかなかった……。

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