第19話 小鬼《ゴブリン》たちの残存戦力

 校庭が見えてきた。

 みんなが楽しそうに談笑している。


 え。いやいや。

 もちろん、おおかたの生徒は疲れ切っていたり、すすり泣いていたり、放心状態だったりする。


 それだけに一部の生徒が談笑している姿は異様だった。


 倒れた生徒たちが次々と淡い光を放って消えていく校庭の真ん中で、高校生たちが盛り上がっている光景は異様だったかもしれないけど、気持ち的には理解できなくもなかった。

 あまりにも凄惨な体験だったので、感覚が麻痺してしまっているのだろう。

 戦いの緊張感が、そのまま喜びのハイテンションになっていた。


 そういえば僕だって水飲み場で鼻歌交じりだったような気がする。


 僕が走り寄っていくと、藤堂先輩が気づいてくれた。


 僕は必死の形相をしていたのだと思う。

 走ってくる僕の姿を見て、最初は驚き、すぐに真剣な顔になって迎えてくれた。


 息を整える暇も惜しんで、危機的状況を伝えようとしたのだけど、藤堂先輩は僕の肩を抱いて離れた場所に移動させる。


「何があった?」

 藤堂先輩は小声だった。


 僕の発言で、みんながパニックになるかもしれないと配慮したのだろう。     

 危ういところだった。

 もう一度モンスターが襲ってくると知ったら、みんなどうなるかわからない。


 藤堂先輩が僕の頭越しに目配りすると、やたらデカい先輩たちがぞろぞろ来て、僕を囲んだ。

 まるでカツアゲの現場である。


 やたらデカい先輩たちは、もちろん不良などという甘ったれた連中とは違う。その真逆だ。

 小鬼ゴブリンから生徒たちを守りながら戦った勇敢な男たちだった。


「槍の数が合わないんです。もしかしたら、敵、まだいます」

「何人くらい残っていると思う?」

「最低でも六人です」


 藤堂先輩は震える溜息を吐いた。


「それにもっと悪い状況も考えられて」

「話せ」


小鬼ゴブリンが全滅するのを傍観していたわけですから、統率された集団の可能性があるんです」

「今度は連携攻撃をしてくるのか。待て。統率者がいると言うことは、いまの襲撃は俺たちの戦力を削るためか?」

「それと偵察を兼ねてたと感じます。なかなか襲ってこないのは、こっちの戦力を分析してるからかも」

「戦争の基本だもんな。数は力と言うし、学校の大人数に慎重になってるんだろう。戦えるのが十人に満たないと知られるわけにはいかないな」


「それだけじゃないんです。今度来るモンスターは、小鬼ゴブリンだけじゃない可能性もあるんです」

「あれの他にもモンスターがいるのか?」

「たくさんいます。小鬼ゴブリンからドラゴンまで、その間にたくさんの種族がいます」

「ここにはドラゴンがいるのか? まさか次に来るのがドラゴンということはないよな?」

「ここが僕の知ってる異世界ファンタジーの世界ならそれはないです」

「そうであって欲しいな」


小鬼ゴブリンより強いのがホブ小鬼ゴブリンです。たいていこいつが小鬼ゴブリンの親分をやっています」

「わかった。そのホブ小鬼ゴブリンという親分を討ち取ればいいんだな? そいつさえいなければ、小鬼ゴブリンはまた烏合の衆に戻る」


 僕がうなずくと、やたらデカい先輩たちの視線が藤堂先輩に集まった。


 藤堂先輩は、喪服姿の男子生徒に目配りした。

 この人も藤堂先輩と同じくらい長身だ。たぶん195センチ以上ある。

 確か藤堂先輩から『マコト』と呼ばれていた。ずいぶん親しげだ。


 マコト先輩は地味な印象だった。立ち振る舞いがビシッと決まっている。平凡を絵に描いたようなショートヘアをしているが、涼しげなハンサムぶりは隠せていない。いつも目を伏せて考えこんでいるような顔つきをしている。よくよく見ると分厚い身体をしているのが目に留まった。屈強な身体つきだ。


 マコト先輩は、これまた長身の男子生徒二人に近寄るとボソボソ相談をはじめた。


 長身といっても、木刀を持っている人はマコト先輩より少しだけ低くて、身体つきはすらりとしていた。肩幅の広さと一の腕の逞しさが印象的だ。ベリーショートの黒髪が無造作に逆立っていた。一重まぶたのつり目と高い頬骨、真一文字の口元は、武士のようである。

 藤堂先輩からは『タカ』と呼ばれていた。

 

 もう一人は、高さだけではなく横幅もあった。身体全体も筋肉で出来ているようだった。身長は2メートルを越えているだろう。体重は百キロ超級は間違いない。角刈りで四角い顔をしている。ぎょろッとした大きな目は迫力があった。目力が凄い。いつも口元には微笑が浮かんでいて、全体の印象としては、優しい巨漢といったところだ。耳がつぶれている。

 藤堂先輩からは『ジン』と呼ばれていた。


「テッペイ」

 タカ先輩がテッペイを呼び寄せた。剣道部の中井鉄平のことだ。僕と同じ二年。顔見知りだ。

 テッペイはベリーショートを逆立てていた。タカ先輩の真似だ。丸顔で奥二重まぶたの目がくりくりしていた。


 テッペイは“戦えない生徒たち”と話していたようだ。かれらを安心させるためだろうか、普通の様子だった。


「なんすか」

 テッペイは、やたらデカい先輩たちの輪に来て、タカ先輩を見上げた。僕より少し背が低い。それでも長身の部類だ。

「悪りぃな、お守りみたいなことさせちまって。ついでってわけじゃねぇが、体育館まで連れてってやれ」

「いいッスけど、何かあったんすか?」

「藤堂、いいよな?」

 タカ先輩が確認をとった。

「俺から話そうか?」

「悪りぃ」

 というわけで、テッペイは事のあらましを聞かされた。

 みるみる顔色が変わっていく。


 藤堂先輩が僕を見た。

 予想はふたつ。

『まあまあ』と『最悪』。


「ショータ、残ってくれないか?」

『最悪』の方だった。


 それに反対してくれたのは、テッペイだ。

「ちょっ、ちょっと待ってください! ってことはもしかして、俺が行くんすか? こいつには任せられないッスよ! 俺が残りますって!」

 そうして欲しいです。


 なんの話をしているかというと、残って戦う組と、“戦えない生徒たち”を体育館まで護送する組とに分かれるという話です。


「体育館の方を襲われる可能性もある。権田先生がいると思うが……テッペイがいると心強い」

「だったらこいつでも同じじゃないッスか! だいたいこいつ、引きこもりって噂もあるんすよ? そんなやつに任せられませんよ!」

「ショータが引きこもりというのは知ってる。本人から聞いた。その引きこもっている間に得た知識が必要なんだ」

「何の知識ッスか! 俺、バカだけど、こいつに負けるほどじゃないッス!」


 藤堂先輩がテッペイの勢いに気圧されていると、マコト先輩が間に入った。


「オタクの知識だよ、テッペイ。おまえ、オタクじゃないだろ」

「オタクって、あの原田はらだ先輩みたいなキモい……」

 そのとき三年の先輩たちが唱和した。

「ああ。確かに原田はキモいな」

「キモいな」

「何とかならんか、あの男」

 オタクへの風当たりは未だに厳しい。僕は原田先輩に会いたくなった。

「まあ、悪い奴ではないよな」

 と、取り成すように言ったのは、藤堂先輩だ。さすがです。


「俺、納得できないすよ。……オタクの知識が必要あるんなら、いまここでこいつに教わればいいじゃないッスか」

 テッペイは肩を落としてしまった。

「それにこいつ、もう疲れきってるじゃないすか。俺ならまだ体力残ってます。毎日ぶっ倒れるまで稽古してるんすから。そうですよね、主将!」

 主将と呼ばれたのはタカ先輩だ。


「どうする、藤堂? 俺はテッペイの言ってることもアリだと思う」

 藤堂先輩に視線が集まった。

「マコトとジンはどう思う?」


「俺は彰人と同意見だ。護衛にも体育館にも腕の立つやつが必要だ。万が一、体育館に何かあったときの保険になる」

 マコト先輩は藤堂先輩のことをアキヒトと呼んでいる。


「俺はテッペイこそ残るべきだと思ってる。戦力の分散は避けたい」

 ジン先輩の言うことも正論だ。


「完全に意見が分かれたな」

 みんなの注視のなかで、藤堂先輩は僕を見た。


「ショータはどうしたい?」

 僕はどうしてもテッペイの方を見ることができなかった。


「ぼ、僕が残ります」


「理由を訊いていいか? さっき、すごく嫌がってたよな」

 よっぽど嫌な顔をしてたに違いない。

 いまでも嫌ですけどね。


「体育館には先生たちもいます。いまの状況を伝えなければダメですよね? その係はちょっと無理です。引きこもりでしたから顔を覚えてもらってないので」

 引きこもりのリスクは社会的信用の問題だった。気づいたのは、たった今なんだけどね。


 真っ先に反応したのは、やはりテッペイだった。

「おまえ有名だろ、デカチン!」

 ああ、言われてしまった。

 有名かどうかは関係ないんだ。信用の問題なんだ。と言いたかったけど、言葉が出なかった。


「よせ」

 タカ先輩が叱るように言ってくれた。


「ショータは気にしすぎだ。先生たちがおまえを差別するわけがないだろ」

 いやいや。

 新垣早織先生には思いっきり軽蔑されているわけですが。

 藤堂先輩はほんとうに眩しい人だ。

 

「ほかに理由はあるか?」

 僕は首を振った。

 ちょっといまは言葉が出そうにない。


「じゃあ、決まりだな。マコトもそれでいいか?」

「ない。総意に従う」


「ショータ、体育館まで頼むぞ。体育館でも気を抜くなよ。何かあったら知らせるんだ」

 藤堂先輩は、それから笑って言ってくれた。

「今日はありがとな! よくやった!」

 こういうところがカリスマなんだろうなあ。


 僕は先輩たちに頭を下げると、もはや不安を隠せない“戦えない生徒たち”のもとに行った。


 体育館に着けば、僕だって“戦えない生徒たち”の一人になれる。


 そう思うと、物凄い眠気が襲ってきた。

 明日は一日中寝ているかもしれない。それが可能であればだけど。

 それでも明日を想像できるだけマシだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る