第33話 王都か中退か

 理事長室では、理事長の蒼麻貴子先生と校長先生、担任の新垣早織先生が待っていた。みなさん、スーツ姿だった。


 理事長室も、ドワーフの神業で様変わりしていた。

 もともと高級品で構成されていた部屋だったけど、いまは白い床や壁にシックな紺を基調とした絨毯や緞帳が配されていた。金色の縁取りも高級感を出していた。

 まるでどこぞの王宮にいるようだった。


「わたくしの趣味ではありませんが、この世界の城主の間はこんなものだと言われたら、改築を許可せざるを得ませんでした」

 蒼麻貴子先生が、部屋をキョロキョロ見回している僕に苦笑を見せた。

「どうですか? 異世界ファンタジーとして変ではありませんか?」

「立派だと思います。それっぽいです」

 実際のヨーロッパの城は狭苦しいという話だけど、異世界ファンタジーのインチキヨーロッパの世界では城の内部は豪華で広いのだ。


 蒼麻貴子先生は、椅子から立ち上がると、僕の前まで歩み寄った。

 背が高い。180センチの僕と同じくらいだった。

「異世界ファンタジーの知識が必要です。力を貸してください」

 クールビューティに正面から見つめられても、僕はときめきより圧迫感を感じた。それだけ彼女には威厳があった。


「僕は……」

 言い淀む。どうしたいか、どうすればいいのか、自分でも整理がついていなかった。

「僕は不登校で引きこもりで学校をやめようかと思っていました……」

 蒼麻貴子先生は先を促すようにうなずいた。

「でも今は、どうしていいのか、どうしたいのか、わからなくなりました」


 そのとき校長先生が声をかけてきた。

「そもそもこの世界で学校をやめるという選択肢があるとは思えないのですが……」


 新垣早織先生もそれに続いた。

「引きこもりもできないし、お金だってないでしょう?」

「さっき、冒険者の人に会いました。この世界では冒険者という職業があるのが分かりました。学校をやめるとしたら冒険者になるつもりです」

「冒険者なんて務まるの? あなた未成年でしょう?」


「昔の日本では元服をしている歳です。まして小森くんは初陣を済ませています。子供扱いをするのはおやめなさい」

 蒼麻貴子先生のピシャリとした物言いに、新垣早織先生は鼻白んだ。



 それから蒼麻貴子先生は二人を置いて僕に話しかけてきた。


「小森くんは、この世界に順応する覚悟を決めていると考えていいのかしら? 元の世界に帰る気はないのですか?」

「僕だって元の世界に帰ることができれば帰りたいですよ」


「可能性はないと考えている?」

「ダルカン公爵から何か聞いてないのですか?」


「召喚されし者で帰還した前例はないとだけ。ただし今回は異例尽くしなので確なことはわからないとも」

「僕の知っている異世界ファンタジーのパターンだと、帰還できるとしても大事を成してから、ということになります。その間はどっちみちこの世界に順応する必要があります」


「大事というと?」

「世界を守ったり、壊したり、変革を起こしたり、いろいろなパターンがあります」


「ありがとう。やはり小森くんの知識は必要です」

「異世界ファンタジーの知識なら僕なんかより詳しいひとがたくさんいると思いますよ」

「オタクの生徒たちを集めて参謀本部でも作ろうかしら?」

「本気ですか」

 思わずツッコミを入れてしまった。


「冗談です。普通の生徒たちに重責を負わせようとは思っていません。小森くんは別です。初陣を済ませたサムライとして扱わせてもらいます」

「僕は巻き込まれて必死だっただけですよ!」


「皆、必死でした。そのなかで自分の危険を顧みずに皆の生命を守ってくれました」

「同じことを二度しろと言われても無理ですよ。次は逃げます」


「《無限の者》の使命から逃げたいと?」

「わかりません、よく自分でも。学校は嫌いだったけど、友達もできたし、だけどやっぱり馴染めない気持ちもあって。冒険者というのは憧れだったし、だけど不安もあって」


「まだ迷いがあるようね?」

「……はい」


「すぐに結論を出せとは言いません。ただこの学校に必要とされていることだけは覚えておいてください」

「はい……」


「小森くんには、特別に個室を用意してあります。新垣教諭に案内してもらいなさい」

「個室?」

「そう。小森くんは相部屋は嫌でしょう?」

 ああ、そういうことか!

 ありがたい!

「ありがとうございます!」


「引きこもりは無理でも、独りの時間はつくってあげられる、ということです」

 なんだか、蒼麻貴子先生の術中にハマりそうだ。

「王都へ向かうのは、もう少し先になります。それまでに答えを見つけなさい」

「は、はい。前向きに考えてみます……」


 理事長室を退室したのは、僕と新垣早織先生の二人だった。

 彼女は、僕を三階にある僕の部屋まで案内してくれた。

 その間、沈黙。

 変態扱いされてる……仕方ないけど。

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