第23話 ハーレム願望がバレた!
僕は体育館の真ん中で正座していた。
ぐるりと女子たちに囲まれている。
みんな腕組みしていた。
「きみ!」
来生響子先輩はめちゃくちゃ怒っていた。
「どういうつもりなの?! あたし、フラれたかどうか訊いたよね?! そうしたら、嬉しいですとか言ってたじゃない! あれはなんだったの?!」
「僕、好きな女性がいるんです」
「あたし、これからフラれるの?」
「まさか! 僕、来生先輩、大好き!」
「う、うん。それで?」
栗毛の可愛い系美人が頬を紅潮させて僕を見た。日本人には稀なブラウンの瞳が期待で輝いている。
僕は彼女がどんなに傷つこうが告白しなければならないことがあった。
「僕、好きな女性が何人かいて……」
「はい!最低!かいさーん!」
とジャッジしてくれたのは新井ともえだ。
ですよね!
でも女子たちの輪が解散することはなかった。
来生先輩が考え込むように動かなかったからだ。
「あーわかってきた。つまりあたしは何番目なの?」
冷たい目だった。
「唯一ですよ! 来生先輩は僕にとって唯一大好きな女性なんです!」
「ありがと、つまりあたしが一番ってこと?」
またまた来生先輩の頬が紅潮した。う。なんか胸が痛む。
「一番とかじゃないです、唯一です」
「?」
来生先輩は思案するように顎をつかんだ。
……またまた胸が痛んだ。
ごめんなさい、来生先輩。
僕、やっぱり最低だ……
「わたし、わかってしまいました この子、唯一がたくさんいるのです」
神月小夜子(かんづきさよこ)先輩が艶のある声で言った。
っていうか……意外なところで理解者が現れた!
「はあ? そんなの唯一とは言わないよ 日本語として変!」
来生先輩は桜色の唇をとがらせた。
神月先輩は僕を見た。
すごく真剣な顔だった。
神秘系美女が黒々とした瞳で見るものだから緊張した。
「ちなみにわたしは?」
僕は即答した。
「唯一です! 大好き!」
「こぬ! 死ね!」
来生先輩に蹴られた。
来生先輩は額に手をやって首をふった。
「あたしの初恋がこんな形で終わるなんて」
はあっとため息をついた。
あの明るい美少女代表の来生先輩がアンニュイな雰囲気をまとってしまっていた。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
「じゃあ、この子、わたしがもらいますね」
「ええ?! 小夜子、そうだったの?」
ええ?! そうだったんですか!
胸が高鳴るとはこのことだった。
あの神秘的な美少女代表の神月先輩が僕をもらう?
もしかしてペット的な屈辱にまみれた生活を強いられるのか……怖い! でも「それもまたよし」とドラゴンのお告げがあった。
「あたしをからかってるものだとばっかり……」
「それもありますが、親友の初恋に遠慮したのです」
「でも、こいつ、とんでもない二股野郎だよ」
「二股?」
神月先輩は意味ありげに僕を見た。
ふふふ、と神月先輩は笑いながら僕に訊いてきた。
「貴方が恋してる女性は何人いますか?」
「さ、三人です。あ、ついさっき四人になりました」
すみません。最低な男ですみません。
「三人と言うと、もしかして、つかさも?」
「はい!」」
「なにハキハキしてるの!? やっぱり変だよ、きみ!」
ごめんなさい。変なのはわかってるんです。
「結局、きみは面食いなだけでしょ?」
「はい!」
「だから、ハキハキするな! この!この!」
僕は来生先輩にげしげし蹴られた。
なぜか新井も参加してげしげし蹴ってきた。
僕を蹴りまくって少しは気が晴れたのか、来生先輩は息を整えながら、話の続きをはじめた。
「きみ、そもそも不登校でしよ。なんであたしたちを好きになったの?」
僕は思い出す、あの日を。
あの最高の瞬間を。
「僕、たまに原宿に行くんです、妹の命令で」
「妹さんと? 仲いいんだ」
「いえ僕一人で」
「あ。わかった。でもまあ優しいお兄さんだよね」
そうだろうか?
僕は別に優しさで妹の命令を聞いたわけではない。
妹は僕のエログッズを把握しきっていて、母さんにばらされたくなければ……と脅迫を小出しにするのだ。
小悪魔ならまだ可愛い。
だがあいつは大悪魔だ。
「僕、原宿で見ちゃったんです、凄い美人が三人でいるところを!」
「へー」
「軽っ?! 軽いですよ! 僕の感動は凄かったんですから!」
「ご、ごめん」
僕の剣幕に、来生先輩は謝ってくれた。
あの感動を軽く流すのは許されることではないのだ。
たとえ本人でもあっても!
「それに、しつこいナンパ野郎から困ってる女の子を助ける瞬間を見ました! カッコよかったです!」
ナンパ野郎はわりとハンサムで自分に自信があったのだろう。それが絶世の美少女たちに軽蔑され追い払われたのだ。痛快だった。
「僕、こんなに大きな好きと言う気持ちが僕のなかにあったなんて、知りませんでした!」
「うん。わかる。あたしも、ついさっきまでそうだったから」
来生先輩は平坦な声で言った。
なんかどうでもよくなってきたらしい。
「それから、御三方が蒼学の人だと知って、高校から転入しようと思ったんです」
「そんなに前から? きみ、まだ中学生だったんでしょ?」
「おませさんだったのですね」
神月先輩の言いまわしは、なんだかくすぐったかった。
僕は「おませさん」だったのだろうか。
いや、本当の恋に落ちるのに年齢は関係ないと思う。
「それで、あたしたち目当てで、転入したと? そのわりには、あたしたちに接触してこなかったじゃない?」
「恥ずかしかったというのもありますけど、やっぱり雲の上の人って感じでした」
「え。きみに羞恥心あったの?」
皮肉な響きはなかった。来生先輩は素で驚いていた。その純真無垢な反応がいちいち可愛かった。
「ご本人は気づいてないかもですが、御三方には、ボディガードというか、親衛隊というか、そういう人たちがいて、転入組の一年なんて、とてもじゃないけど、近寄らせてくれませんでした」
「だからか! あたしたち、美貌のわりには男っ気なくておかしいと思ってたのよ!」
「貴女はマシです! 街に出ればナンパしてくれる男性がいるではないですか。わたしとつかさなんて、まったく! これっぽっちも! 全然ないんですから!」
神月先輩が珍しく声を荒げていた。
え。神月先輩、ナンパされたがっているの? それとも単にプライドの問題? うーん。女心はわかりません。
白皇つかさ先輩もそうなのかな? こっちはさらに想像もできない。
僕は正座したまま、女子の輪を見回した。
「つまり、僕、来生先輩にフラれたんですか」
せっかく口をきいてもらえるようになったのに。
せっかく好意をもってくれるようになったのに。
僕は大馬鹿だ。
最愛の人を傷つけてしまった。
大好きなのに。大切なのに。もう死にたい……
「ちょっと待って! あたし頭がおかしくなってる!」
来生先輩は両手で顔をおおってしまった。
耳が真っ赤だ。
えっと、これはどういうことなんですか?
誰か僕に、女心をわかるコツを教えて欲しい。
「わたしは、条件つきでなら、求愛を受け入れます」
「えー?!」
神月先輩の声は、いつも以上に艶っぽかった。
えー?!と驚いた声で反応したのは来生先輩です。
「じ、条件とは?」
僕は生唾をのんだ。
まさか、ペット契約とか……怖い! でも「それもまたよし」!
「わたしたち三人ともお嫁さんにすること。誰かひとりでも欠けたらダメです。婚前交渉もなし。初夜は三人で迎えましょう」
体育館にシーンと沈黙が下りた。
え。
聞き間違い?
僕の願望そのままなんですけど?
あれ? あれれ?
いま喋ったのって神月先輩がですよね?
僕は啞然として、神月先輩を見上げた。
あの神秘的な美貌が真っ赤だった。
でも顔貌を隠すことなく、しっかりとみなの視線を受け入れた。
美貌が僕を見降ろした。
真っ黒な瞳が濡れ光っていた。
僕は少し涙ぐんだ。
僕を理解し受け入れてくれるひとがいる。
それだけでいい。それだけでよかった。
僕の変で最低な妄想を笑わないで聞いてくれるひと。
ああ、それが最高の、最高以上のかたちでかなった。
僕の最愛。僕の憧憬。僕の……欲望。
その
「もちろん……もちろん! 僕は最初からそのつもりです! あなたと結婚したいです!」
このまま立ち上がって神月先輩……ううん、神月小夜子を抱きしめたかった。
僕の想いが通じたように、神月先輩は微笑した。
はにかんだ微笑だった。
大人びた美貌のなかに咲いた少女の笑顔だった。
「ち、ちょっと! そこのふたり! 変! 絶対変!」
来生先輩があせったように騒ぎ出した。
ですよね、変ですよね。
ごめんなさい。ほんと、ごめんなさい。
でも、来生先輩……あなたを、来生響子を、口説いてみせる。
来生響子を僕のお嫁さんにする!
「でも、つかさを口説くのは無理かもしれません」
神月先輩は少し厳しい顔で言った。
「無理? でもさっきの約束は?」
「それは自分で何とかしなさい。旦那さまの甲斐性をみせてください」
「む、難しいけど、がんばります!」
今の僕はまるで自分が神様のように感じていた。
なんでもできるし、なんでも乗り越えていける、そんな全能感があふれていた。
がんばるぞーーーーー!!
「がんばるな! 小夜子も変だよ! これじゃ男に都合のいいハーレムだよ?」
来生先輩はあせったように甲高い声をあげた。
「そうですね。でもこれは取引です。わたしはずっと三人でいたいと思っていました。貴女だって、そう言っていたではないですか。三人でいられるチャンスです」
「あれ? なんか頭がくらくらしてきた……それもありかな? いやいやいやいや」
来生先輩は混乱のあまり頭をふらふらさせた。
「悪くない取引でしょう?」
「やめてー!」
神月先輩がささやき、来生先輩が悲鳴をあげた。
「僕はキラキラ輝いている三人が好き」
「きみは黙れ」
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