第5話 学校まるごと転移の途中①
三年生の教室は三階にあって、そこで鬼塚先輩のロッカーからジャージを拝借した。ジャージはパジャマの上に着る。着替えてもパジャマの置き場に困るし。
藤堂先輩は、僕がジャージ姿になるのを見届けると、屋上に通じる階段に向かった。
「あの、どこへ?」
「屋上だ。ショータも来るか?」
屋上は立ち入り禁止のはず。
「ショータはもう戻っていいぞ。ジャージも上履きもあるんだし、問題ないだろ」
えーと、一緒に謝ってくれる件はどうなっているんですか、とは聞けなかった。
仕方ないので、彼の背中を追って、階段に向かう。
「ショータは『転移』って言ったっけ? それで学校にきたってほんとか?」
「あ。はい。たぶんそうだと思います。なんか寝てたら気づいたら学校にいて。焦りました」
「自分の意志じゃなかったんだな……。それはそうか、パジャマだったもんな」
ハハハ、と僕はちからなく笑った。
この話題は避けたがったが、話を逸らそうにも別の話題は特には見つからない。
昼間から寝ていた、ということに触れて欲しくなかった。
引きこもりとバレるのは、なぜだか後ろめたさを覚える。
うーむ。僕はまだまだ覚悟が足りないのかもしれない。引きこもりにはそれぞれ事情があって、簡単に見下げられても困るのだ。
よし。ここはキメてやろう。
全国にいる引きこもりの名誉のためにも、僕は告白することにした。
「じ、実は僕、引きこもりなんですね、それで昼間っから寝てて。それでパジャマだったというか」
「じゃあ夜中に転移したってわけじゃないんだな」
あら? 普通に会話が続いてしまった。
引きこもりという言葉に反応しないんだけど……聞こえなかったのかな?
「やはりリアルタイムの出来事ってわけか。時間のズレはない。空間だけの問題と考えていいんだろう」
藤堂先輩はなにやら真剣な様子でつぶやいていた。
「ショータはオタクか? 引きこもりってオタクのイメージがあるけど。SFとかオカルトとか詳しいか?」
藤堂先輩が振り返って僕に訊いてきた。
引きこもりって聞こえていたのね。でもなんか反応が薄い。もっとこう……蔑まれると思ったのに。
「SFとかはあまり……。僕はファンタジーが好きです」
「ああ、ゲームとかの」
「それに小説とか。とくにネットで無料で読めるサイトがあって大ファンなんです! 異世界転移ものとか面白いですよ!」
興奮して喋ってから後悔した。
オタクの習性で、趣味の話になると、早口・饒舌になってしまう。
藤堂先輩が引いてないか心配になったが、彼の反応は違った。
まじまじと僕の顔を見つめてくる。
「異世界転移!? どういうんだ?」
興奮を隠せない口調で、僕は少し気圧された。
僕は異世界転移ものについて、早口・饒舌にならないように気をつけながら、いくつかの代表作の名前と簡単なあらすじを紹介する。
藤堂先輩は押し黙り、なにやら真剣な思考を巡らせているようで、僕まで緊張してきた。
僕たちはそれから屋上の扉まで階段を上って行った。
藤堂先輩は一瞬ためらい、それからドアノブに手をかける。
普段は施錠されている扉は、あっさりと開いた。
「ショータ……これから見るものの感想を聞かせてくれ」
僕が見たのは、学校を取り囲む“海”──もしくは“湖”だった。
正確には、陽炎のような何かだ。
学校は都心にあったはずだった。
ビルが立ち並ぶ空、アスファルト舗装された街路。
見慣れた光景は確かにあった。
でもそれだけじゃない。
まるで被写体ブレのようにうすぼんやりとしていた。
ぼんやりとした街並みは、陽炎のような“海”と重なりあっている。
「ショータにも見えるか?」
「なんですか、これ……存在が重なり合っている?」
「あれは何だ? 海なのか? なんで海が学校を囲んでいるんだ?」
「ぼ、僕に訊かれたって……」
「
上空には三羽の鳥が旋回していた。カラスではない。大き過ぎる。
目を凝らしてもよく見えない。薄ぼんやりとしている。“海”と同じように。
僕は直感していた。
ありえない。そう理性は告げていた。
でも……
「異世界のものだと思います……転移の途中のようです」
僕が震えた声でつぶやくと、藤堂先輩は息を吞み、それから太いため息をついた。
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