第36話 好きな子に軽蔑された

 困った。

 ドラゴンが鎮まらない。あれだけ挑発されたのだ。猛り狂うのも無理ないだろう。

 童貞捨てるチャンスだったのに。くそ!

 独りでするか? ティッシュはある。あるがその後の処理はどうする? ゴミ箱があるが、誰が回収するんだ?


 ドアがノックされた。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 いま入ってこられても困る。

 ドラゴンが奮い立っている。冒険者Aの服では隠し切れない。 


「どなたでしょうか」

 ドア越しに訊く。

 誰だよ! こんなときに!


「白皇です。給食を持ってきたわ」

 ええええ? 

 な、なんでえええ?


「いま鍵を開けます、ただ僕、すぐトイレなので、入っていてください!」

 僕はトイレですることにした。

 あ。でも僕のドラゴンは一回出したぐらいでは治まらなかった! どうする? どうすればいいんだ?


「お腹壊してるの? お薬、もらってきましょうか?」

 とりあえず鍵を開ける。

 速攻でベッドにいく。下半身にふとんをかけた。


 白皇先輩が入ってきた。白いワンピースを着ている。地味な服だったけど、それでも華があった。

 両手でトレイを持っている。


 先輩はベッドにいる僕を見て小首を傾げる。髪が揺れた。

「トイレは大丈夫なのですか?」

「大丈夫です!」

 先輩を見て猛っているドラゴンがさらに凄いことになった。


「ここに置おけばいい?」

 ベッドの横にあるテーブルのことだ。


 んん?


 違和感を覚えた。

 そうだ、足! 捻挫は?! あれ? 普通に歩いているんだけど!


「足、大丈夫なんですか?」

「魔法で治してもらったわ」

 先輩はニコッと笑った。

 ドラゴンの反応が臨界点を越えそうだ。まさかドラゴン・ブレス、出ないよな? ここで吐き出したらさすがに自分を許せそうにもない。自己嫌悪で死ぬ。なんで僕はこんなにエロいんだ。こんなに美しいひとをみて反応するなんて。


「魔法!」

 僕は感嘆の声をあげたつもりだ。

 つもりだが、会話どころではなかった。

 早く出ていってくれないか、僕の視界から消えてくれないか、そんな想いすら出てきた。ちくしょう。これではダメだ。ダメすぎる。今じゃないけど、いずれ彼女を口説くつもりなんだ。毎回ドラゴンがこんなんじゃ話にならない。


「そう。便利よね、魔法って。私も驚いたわ」

 ベッドサイドのテーブルにトレイを置いてくれた。

 トレイにはパン、謎のお豆と謎のお肉しか入っていない謎のシチュー?が乗っていた。スプーンとホーク、それにお箸。お箸?

「お箸があるのが不思議?」

 フフフ、と先輩が微笑む。胸はドキドキ ドラゴンはズキズキ。 

「ここには日本人の国があるそうよ。大昔に建国されたらしいわ」

 衝撃の事実を聞いたが、僕は上の空だった。

 先輩の顔をみる。ああ綺麗だ、美しい、可愛い。もうどうしたらいいの。


「顔が真っ赤よ、大丈夫なの?」

 そのとき先輩の繊手が僕の額に押し当てられた。

 もう死んでもいい。いやいや。いつか彼女を口説くんだ。これくらいで死んではいかん。 

「うん 熱はないようね」


「僕、」

 ちょっと待て! 僕の口が何か勝手に喋り出そうとしてるんだけど!

「僕、先輩のことが」

 やめろ、いまじゃない。いまは無理だ。まだフラグ全然立ってないじゃん!

 僕はじっと先輩を見つめた。

 先輩を見つめ返してくれる。

 もういい もう玉砕する覚悟ができた。

 行けえええええ!

「先輩のことが」

「ん?」

「先輩のことが心配でした、いや捻挫のことですが」

 ヘタレ。それが僕。まあドラゴンを奮い立たせたこのシチュエーションで口説かなくて済んだ。あぶねー。


「あのときはありがとう」

 先輩が微笑む。彫刻のような超絶美人顔なのに可愛さがプラスされているなんて僕の好み過ぎるんだけど。

「勇敢なんだね 見かけによら…………」

 先輩はパッと両手で口元をおさえた。このお茶目さんめ。

「見かけによらずにすみませんね」

 僕はちょっと拗ねてみせた。いやでもほんと、先生たちの言う通りだ。やはり同年代には頼りなく見えるんだなあ。くそう。

「ごめん」

 少し頭を下げ、ちらっと上目づかい。先輩、それ以上チャーミングな仕草を見せたら、僕死にますよ………!


「ごはん、食べないとね」

 話を逸らした。

「僕、もっと先輩と話していたいな」

 だーかーらー、僕の口、頼むよ! 勝手に喋んな! なんで僕の口はこんなにチャラいの? 

「ダメよ、ごはん冷めちゃうよ」

「食べながらじゃダメですか」

「いいけど?」

 いいんだ………。ああ、なんかもう心臓がどうにかなりそうなんだけど。もっと親しくなりたい! いまのうちにフラグを立てたい! 立てたいがどうしたらいい? というか美少女ゲームのなかでしか口説いたことないぞ僕。しかもあれは選択肢式だ!


 しばし沈黙。やばい。先輩が立ち去ってしまう。


「王都に行くってほんとう?」

 先輩の方から話を振ってくれた。

「まだ迷ってます。というか、あれ? みなさんご存知なんですか」

「ううん、私は理事長先生から聞きました。みんなにはまだ内緒だって」


 理事長先生? まさか? 理事長先生、僕の恋心を知っている? 知ってて先輩を派遣したとか? そういえば北川先生、僕の童貞卒業の手伝いを理事長先生に頼まれたって言っていたっけ。


「僕、ほんとどうしていいかわからなくて」

「中退のこと?」

「はい」

「やめることないと思うわ、いじめに負けちゃダメよ」

「いじめというか」

「いじめでしょ、私、そういうの、許せない」

 ことの経緯を知ったらそんなこと言わないはずだ。ああ、知られたくない。でも訊かずにはいられなかった。

「先輩はどこまでご存知ですか?」

「一通り」

 マジか。僕は血の気が引く思いだった。誰だよ、先輩に教えたのは!

「僕、女の子を泣かせちゃって」

「仕方ないよ、私だって同じ立場ならそうなるかも」

 がくんとなった。ですよねー。ほんと誰ですか、先輩に教えたのは。恨みますよ。

「でも男の子なら、その、そういうの、あるって聞いたよ」

 彫刻のような美貌がさっと紅潮した。先輩、それ以上可愛くなったら、僕、死にますよ? 愛で。


「早く食べなさい」

 話を逸らすように言ってくれた。

「そういえば、小夜子たちから聞いたよ」

 ぎゃーーーーーっ! ハーレム願望バレてたーーーーーーーっ! 神月先輩、何してくれんですかっ?!


「あの子たちを命がけで守ってくれたんだね」

 そっちですか? よかったー。

「私からもお礼を言わせて」

「いえ、僕だって死にたくなかっただけですから」

「それでも勇敢だわ」

「見かけによらずね」

「意地悪」

 先輩が拗ねる。もう可愛すぎて死にそう。どうしよう。僕、先輩のことが好きすぎるんですけど。

 沈黙。話が途切れてしまった。ああ、もっと話していたい。

「さ、料理が冷めてしまうわ、早く食べなさい」

 はい、と言って僕はシチューをスプーンで口に運ぶ。


 ん? 先輩、動かないんだけど。立ち去る気配がない。

「邪魔かな? トレイ、下げようと思って」

「いえいえいえいえ! 邪魔じゃないです! もっといっしょ」

 待てーーーーっ! 僕の口ーーーーっ! 何を喋るつもりだーーーーっ?! 引かれたらどうすんだようっ!


「そこに椅子があるんで。気が回らなくてすみません」

 先輩は窓際の椅子に座った。

 パンをシチューに漬けようしてハッとなった。僕の食べ方、大丈夫なんだろうか。白皇家といえば古代から続く名家だ。先輩は世が世ならお姫様である。どうしらいい? どうやって食べるのが正解なの?

「ん? どうかした?」

 僕の目線を感じたのか、先輩が訊ねてくる。

「僕、テーブルマナー、知らなくて。食べ方、汚かったらごめんなさい」

「そんなこと気にしないで。私だって食べ方をよく叱られたもの」

「先輩がですか? えっと誰にって訊いていいですか」

「祖母よ。厳しい人だったの」

 おばあちゃんかあ。僕、大好きだったなあ。


「僕は初孫だったからか、おばあちゃんに滅茶苦茶可愛がられました」

「あなたは愛されて育った感じがすごくする。あ。立ち入った話だったね。ごめん」

「いえ。僕、そんな風に見えます?」

「見える。響子きょうこがそうなの。あの子、すごくいい子なのよ。性善説というのかな、そういうタイプ」

来生きすぎ先輩は確かにそんな感じもします」

「あの子、可愛いよね?」

「はい。でも先輩も可愛いです」

 だーかーらー、勝手に喋るな、僕の口!

「ありがとう」

 先輩は冷静だった。僕、眼中にない感じ………。


小夜子さよこはね、あの子は寂しがり屋。響子も甘えん坊だけど、あの子の方が甘えたがりかな」

「へええ。そうなんですか? 僕から見ると神秘的で超然としてますけど」

「それも一面で正しいけど。私もあの子が何を考えているかわからないことがあるわ」

「先輩はどうなんですか? 甘えん坊さんですか?」

「私はどうかな? 自分ではわからない」

「僕、先輩はしっかり者に見えます」

「そお?」

「でも僕だったら先輩にあまえ…………」

 甘えて欲しい。そう言おうとしてしまったよ! 誰か僕の口を止めて!


 そうこうするうちに食べ終わってしまいそうだった

 はあ、このひと時も終わりか。


彰人あきひとくんがあなたのこと誉めてたわよ」

 僕の顔はパアッと明るくなったに違いない。

「そんなに嬉しい? やっぱり彼のこと慕ってるの?」

 彼、という言い方に胸がちくっとした。

「はい! 藤堂先輩のような男に生まれたかったです!」

「彼も大変なのよ? 私との婚約だって………」

 先輩は何か言いかけたが、言葉を呑んだ。

「どうしてあなたと話しているとこんなにお喋りになってしまうのかしら?」

「僕、先輩のお喋り、もっと聞いていたいです!」

「また機会があったらね」

 かわされた?! でも笑顔! どっちなの? はあ、もっと一緒にいたい。


 ん? 先輩の視線がふとんに釘付けになっている。

 ふっと先輩が繊手を伸ばした。

 なんですか? 何が起こるんですか?

 先輩は一筋の髪の毛をつまんでいた。ぎゃーーーーっ! 先生の髪の毛だ。どっちの? いやどっちだっていい。まずい。まずい気がする。

「ふーん…………」

 先輩の声は真冬の風のようだった。

 それから先輩はもう一筋の髪の毛を発見してしまったようだ。

 長さが違った。色が違った。

「へえ?」

 先輩の声は絶対零度まで下がった!

「あなた、口が上手いだけの女たらしみたいね?」

「ち、ち違うんです! その髪の毛は先生のなんです! 北川先生と深田先生のです!」

「噓つき」

「ほんとですよう!」

 先輩は目も合わさない。すくっと立ち上がってドアに向かう。

 そのとき、僕は聞いてしまった。

「死ねばいいのに……!」

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