第21話 迫りくる闇たち
偉大なる魔法使いに対しての質問がまだ続いていた。
「いや、だから、わしがプライムクリエイターじゃよ」
「そ、そんな……、こんな老人が絶対的存在だなんて……」
あまり納得していないマルーシャ。
「さっきだってふつうに模型を作っていたし……。本当に神だったら、手も使わずにできないのかしら」
絶句するマルーシャ。
そのマルーシャに代わってヒスイ、
「百歩譲って偉大なる魔法使いであることは認めたとして、絶対的存在ならもう少し強そうに見えないかしら」
「うむ……」
老人は少し眠そうにあくびをした。
「君たちの言わんとしていることはわかる。わしだって、全ての力を持ったままでこの世界に実体化することも可能じゃ。そして、そういうことは昔にさんざんやってきた」
その姿を具体的に想像しようと試みるができないヨナタン。
「君たちも想像してみてくれ」
老人は立ち上がった。そのあたりをうろうろし始める。
「いったん世界を作り、さんざん遊んだ。その後、人間を作り、人間が文明を作った。さあ、そこでどうする?」
尋ねられた三人が思案する。
「能力を抑えた人間の状態で実体化して、人間が作った文明でいろいろ遊びたい、という気持ちが芽生えてこんか?」
うーん、どうだろうと三人。
絶対無敵の存在はむしろ退屈で飽きるんじゃ、かといって神界にいると他の真面目な神々がああだこうだとうるさいしのう、といって老人が椅子に座ったところで、パリザダがまたあがってきた。
「みなさんを送っていこうかしら」
余ったスイーツを袋に詰めてもらい、ラオに礼を言って階段を降りていく。
「あのおじいちゃん、自分のことをプライムクリエイターだと言ってたよ」
ヒスイが祖母のパリザダに話しかけた。
「ほんに、かわいそうにねえ。でも、放っておおき、もうお昼寝の時間だから」
そう言って一階まで降りると、ピンク色の円形のソファに何かを命じた。
ソファが少し浮き上がった。
「これ、乗り物なの!?」
「そうさ、乗ってごらん」
パリザダが乗るのを真似て、三人が飛び乗る。大きな体のヒスイとパリザダが足をのばしても余裕の充分な広さだった。
ソファはゆっくりと建物を出た。
「アイヒホルンまで送ろうかい?」
そうね、ヒルトラウト湖まで行ってもらえるかしら、とマルーシャ。
「あれ? なんだ?」
ソファに寝そべっていたヨナタンが、上空になにか見つけた。
「でかいし! 降りてくる!」
他の三人も見上げる。
「いかん! 新手のドレイクだ!」
パリザダとヒスイが円形ソファの淵で立ち上がり、きっとそっちを睨んだ。ソファもぐんぐん上昇する。
「さっきのよりもでかい!」
ソファはいったんドレイクの急降下を回避しつつ上昇した。
「はあ!」
パリザダとヒスイがドレイク目ざして飛び降りる。
「ちょっ!?」
わたしたちはどうなるの、というマルーシャの叫びが風にかき消された。
「竜殺しの剣!」
ヒスイは手に持った白いステッキを使って、巨大な剣を具現化。空を蹴って回転しながら巨竜に向かって落下する。
巨竜は空中でいったん止まった。巨竜の前に、青白い球体が生じ、徐々に大きくなる。
「はあーっ!」
回転するヒスイに高速で何かが接近、衝突してヒスイの軌道が巨竜より逸れた。
「おばあちゃん!?」
ヒスイが叫ぶ。
ピンク色のソファが急降下してパリザダとヒスイを空中でキャッチしていると、
「あそこにひとが浮いている!」
起き上がったヨナタンが気付いた。
「ラオ!?」
巨竜が生み出した青白い球体の前にオレンジ色のひとかげ。巨竜のほうは、地面近くまで降下したあと、元来た方角へ飛び立っていった。
オレンジ色のひとかげにすっと近づくソファ。それは、やはりラオだった。
「親ドレイクは戯れに星を破壊する……」
ラオが手をかざすと、青白い球体がみるみるしぼんで、ついに完全に消えた。
「じゃが、氷河期を引き起こす球体は、わしが逆ベクトルを持つ素粒子を具象化して対消滅させて中和しておいた」
そう言って振り返るラオ。
「氷河期を引き起こす?」
「ほな、わしは昼寝の途中だで……」
ふと気付くと老人の姿は空中から消えていた。
「ラオがいなかったら、この星が氷漬けになって滅んでいた……」
さっきの青い球体が破裂して氷河期が加速することを想像し、青ざめるヒスイ。
「いいや、ラオが言ったとおり、さっきの親ドレイクはラオが来ることを承知で戯れていたのさ」
心配しなくていい、とパリザダ。
「証拠に、ほら、子ドレイクの死体が消えている」
「ほ、ほんとだ!」
来るときに倒したドレイクの死体があったあたり、木が倒れているだけで何もなくなっている。
「あの親ドレイク、子どもの魂を回収しにきただけなんだよ」
「……なるほど」
しかし、それはそれでぞっとする話だ。
「こ、子どもを殺されて、なんともないのかな?」
と親の気持ちを想像するマルーシャ。
「あのクラスの存在になると、アセンション済みだからねえ。執着がないし、子どもの死期は子ども自身が決めていることも知っている……」
しかし、だからといって惑星を簡単に破壊できる存在にむやみにちょっかいは出しなくない、と思うマルーシャたちだった。
ソファーは、木々よりもやや高い高度を保って南をめざし、スルスルと進む。
場面が変わってここはヤースケライネン教国首都、ビヨルリンシティ。
その首都のど真ん中の、教居とも呼ばれる宮殿の奥深くの一室。
「対策は考えておるかな?」
「はい……」
三人の者が薄明かりの中に跪き、暗がりに話しかけていた。
「申してみよ、首席大臣」
首席大臣と呼ばれた者は、太った大きな体、綺麗な白い肌に温和な顔立ち。一見、とても人当たりがよさそうだ。
「はい……。いえ、おそらくそのマルーシャ姫は、ほんものです。ほら、シモンよ、その特徴を申してみよ」
「は、はい……」
シモンと呼ばれた男。背が低く太った体に突き出た腹。赤黒い脂ぎった顔をテカらせつつも恐縮していた。
「そ、その、わたしが……しようとすると、お怒りになりまして……」
「なにをしようとした?」
「そ、その……、姫の……を……しようと……」
「うん? 姫の何をどうしようとしたのだ?」
「い、いえ、その、姫の……を……しようとしましたもので……」
「その男の願望などどうでもよい」
暗がりの人物が話を先に進めるように促した。
「あ、はい……、状況をきちんと説明しろ!」
「え、あ、はい、すみません……。その時、とてつもない冷気が発生しまして……」
「魔法だったのか?」
「いえ、その、わたくしは魔法が使えないもので……」
赤黒い顔があせりで紫色に変わっていく。
「……様、おそらくですが、それは冷気魔法です。マルーシャ姫が得意の」
首席大臣が代わりに言葉を付け加えた。
「なるほど……、だが」
暗がりの人物が、三人目のほうへ声をかけた。
「ダフネよ、そちは仕留めたと言ったな?」
「はい……」
一見優し気な外見の中年の女性。
「死体は確認したのか?」
「はい。……い、いえ、わたしは確実に仕留めたのですが、姫が死ぬ間際に放った凍結魔法を回避するため、いったん部屋の外にで、出ました……」
「それで?」
女性が言葉に詰まったので、暗がりが促した。
「それで……、戻った時には姫の死体はもう無く……」
「ふうむ……」
暗がりの人物が少し考えたのち、
「そのマルーシャ姫と思われる人物、偽物でもホンモノでもかまわん、必ず仕留めよ」
強い言葉で続けた。
「やり方は大臣、お前に任せる」
そう言うと、その人物は簾を下ろし、暗がりの奥へと消えていった。
しばらくして、
「ダフネよ」
大臣の問いかけに、なに、と女性が答える。
「もう一度、マルーシャ姫を仕留めることは可能か?」
温和な顔が醜く歪む。
「無論……」
「シモンよ」
醜く歪んだ表情のまま、大臣が男に呼びかけた。
「ふはっ」
声がつっかえてよく出ない。
「ダフネの手伝いをせよ」
「は、はい!」
「うまく行けば、ドンデルスの二人よりも重く用いてやるぞ……」
「は、はい!」
「とどめを刺すまえの姫に、……なことや……なことを……」
「は……、はい! ぜひ!」
任務を優先させてくれないかしら、と嫌な顔をする中年の女性を横目に、小男はさらに顔を赤黒く変色させつつはあはあと息を荒げた。
「さまざまな疑惑をかけて、いったん軍を送る……、それを撃退させて、油断したところを……」
大臣の顔が最高潮まで歪んだのち、すっと温和な表情に戻った。
「では、これにて」
解散するころには、三人ともすっかり元の、好感度の高い優しい表情に戻っていた。
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