第19話 偉大なる存在
それは、北の城塞都市アイヒホルンに戻って三日後のことだった。
マルーシャ、ヨナタン、ヒスイの三人は、高速馬車に乗ってはるばる、ローレシア大陸の北端近くまで来ていた。
「ひゃあっ、まだ雪が残ってる!」
半袖で来てしまったヨナタンが、鳥肌の立った腕をさすっている。
「そんな恰好でくるからだよ」
と言っているマルーシャも、銀のマントの下は半袖だ。マントによってかろうじて寒さはしのげている。
「ほんとにねえ」
というヒスイは、半袖というより袖のない服を着ているが、まったく寒そうに見えず引き締まった腕を見せて元気そのものだ。
「この峠を越えたら見えてくるかな」
残雪の残る坂道を登る三人。向かっている先は、
「偉大なる魔法使いが住む塔があるんだよね?」
「そう、マリーが教えてくれたわ。なんでもごくたまにその塔にやってくるとかで」
せっかくだから行っておいで、ということで三人でやってきたのだ。
その峠を登りきると、そこからいったん下り、そして次の峠へ登っていく道が続いていた。その先に、確かに塔らしき建物。
「あったよ、あれじゃないかな」
そのまま進もうとすると、
「ちょ、ちょっと、何か横たわってない?」
マルーシャが何かに気付いた。巨大な黒いもの。
「もう少し近づいてみよう」
ヒスイを先頭になだらかな坂道をくだる三人。
「ドラゴン?」
それが頭をもたげたように見えた。その頭だけで人ほどの大きさがある。
「いかん! ブラックドレイクだ!」
ヒスイが叫び、前に走り出した。
「翔ぶ前に決める!」
そう言い残すと、素晴らしい速さで坂を駆け下りつつ、跳躍した。
「はいやー!」
見えないワイヤーに引っ張られたかのように、とても人間技とは思えない高さまで飛んだヒスイ、回転しつつ、立ち上がろうとするドレイクに向かって落ちていく。
「アーウームー、出でよ、竜殺しの刃、金剛一閃!」
回転するヒスイに合わせて巨大な剣が具象化し、そのままどおんと対象にぶつかって土煙が舞った。
「ヒスイ!」
マルーシャとヨナタンも坂を駆け降りる。
「おいで!」
ヒスイはすでに道のもう少し先にいた。
「おいで!」
ヒスイがもう一度叫ぶ。道の左右に、真っ二つにされたドレイクの、右半身と左半身。しゅうしゅうと煙りをあげながら煮立っている。
「わあ、なにこれ!?」
煮立った液体が道に流れだすのをジャンプして避けながら、マルーシャとヨナタンが走った。
「危なかったわ。ドレイクは、一度飛び立つとやっかいだからね」
「あんな生物がいるのね」
「うん、辺境には昔からいろんなモンスターが生息してるから……」
先を急ぎましょう、とヒスイ。塔はだいぶ近づいてきた。
やっとその建物に到着すると、
それは意外と大きくそびえたち、三階構造に見える。入り口は大きく開いており、雑多なものがたくさん散らかっていた。
中に入ると、大きな円形のピンク色のソファ。
「誰かいますかー?」
ガラクタのようなもの、明らかにゴミのようなもの、真新しいが何に使うかよくわからないものなど、たくさん散らかっている。
「階段を上がってみようか」
とりあえず誰も出てこないので、奥にある階段を登ってみることにした。
階段を登った先に、玄関扉のようなものがついている。
「こんにちわー」
ドアをノックする。しばらくして、誰も出てこないので、もう一度ノックする。
「開けてみる?」
ドアは開いた。三人でおそるおそる入ってみた。
「すみませーん」
中は意外と片付いていて、リビングにダイニングにキッチン、ふつうの家のようだ。
「すみませーん」
さらに進んでいくと、
「はーい」
返事があった。奥の小部屋で何か取り込んでいるようだ。
「どなたかな?」
「偉大なる魔法使いさんに会いにきました」
「ラオに会いにきたのかい? そのまま奥の階段で三階にあがってくれるかしら」
手が離せないようで、声だけ聞こえてくる。
「わかりました」
三階に上がると、中は散らかっていた。大きな本が所狭しと積まれている。天井まで届く棚がたくさんあり、そこにも本やらよくわからない大小の雑貨が置いてあった。
「奥にいるのかな?」
棚や積まれた本の間を縫うように進む三人。
その一番奥、作業台のようなところで、小さな模型を組み立てている人物がいた。
「お客さんかな?」
白髪に長い白髭の老人。てかてかした素材の、オレンジ色の作業服のようなものを着ている。
「私はマルーシャ姫、こっちは従者のヨナタン、こっちは家庭教師のヒスイ。あなたが偉大なる魔法使いですか?」
マルーシャが聞いた。
「そのとおりじゃ。わたしは偉大なる魔法使い、ラオ」
そう名乗ったあと、
「ふむ、教国の姫が訪ねてきたか……」
木箱に小さな模型や工具をなおした。天井から下がっていた紐を二回ほど引っ張る。呼び鈴だろうか。
「適当に掛けたまえ」
椅子がなかったので、その辺につんである大きな本をちょうどよい高さに積みなおして座る三人。
「そうじゃ、そういえば、ここに来る途中で何かに出くわさんかったかのう?」
「ええ、凶暴なドレイクがいたので、真っ二つにしてきました」
ヒスイが答えた。
「真っ二つ? あれはふつうの人間にはなかなか倒せんシロモノなんじゃが……」
そこに、下の階から誰かがあがってきた。
「さあ、デザートを持ってきたから、みんなでお食べ……」
とても背の高い老婆が、トレイにデザートの器を載せてやってきた。
「あれ? おばあちゃん?」
ヒスイの驚いた顔。
「まあ、ヒスイじゃないの、こんなところを訪ねてきたのかい」
その老婆もそう答えつつ、トレイを作業台のうえに置いた。
「おばあちゃん?」
「ふむう……、パリザダの孫が訪ねてきたか……」
老人が器の中のデザートをちらっと見た。パリザダと呼ばれたその老婆が、小皿に取り分けてそれぞれの前に置いた。
「さあお食べ……」
その老婆の言葉に、マルーシャがヨナタンのほうをじろりと見た。その目が、従者のあなたが先にお食べ、と言っている。
「うん……」
ヨナタンが、しかたなくそのデザートを覗き込む。それは、なにか目玉のような形をしているが、その白目の部分が赤い。ひとつつかむと、ぷよぷよした触感。目玉を実際につかんだことはないが、おそらくこんな感じだろう。
「ぞくり……」
ヨナタンが寒気を感じる音。他の四人が注視するなか、おそるおそるそれを口の前に持ってくる。そして、思い切って放り込んだ。
目をつぶってかみ砕くヨナタン。そして、目を開いた。
「イチゴ味だね。もちもちした食感、意外といけるよ」
その言葉と同時に、マルーシャとヒスイ、そして白髭の老人も自分の小皿に手を伸ばした。老婆は、階下へ去っていく。
「ところでほぬしたひ、いったいなんのようじでほほにきたんじゃ?」
口に目玉を二個三個詰め込みながら尋ねる老人。
「えっと……」
あらためてそう聞かれて、思わず言葉に詰まったマルーシャだが、
「マリーが、何かもらえるんじゃないかって言ってた気がする」
そうヨナタンが小声。
「じゃあ、あなたがわたしの分もねだってよ」
小声で返すマルーシャ。わたしも一応姫だから、ストレートにねだりづらいじゃない。
「あの……、何か役に立つものをいただけたらいいかなあ、なあんて思っちゃったりするのですが……。それも三人分……」
二人分の期待する視線を受けて、しぶしぶヨナタンが老人に告げた。
「ふむう、何か役に立つもの……」
老人が少し考えるそぶり。
「そうじゃのう。何かあったかいのう」
思い出しながら、デザートをもうひとつ口に入れた。
「姫に似合いそうなので言うと、黄金のティアラじゃが、このまえ誰かにやってしまったかのう……」
マルーシャの顔が一瞬ぱっと輝いて、そしてすぐに曇った。
そこに、
「これなんかどうかしらねえ」
さきほどの老婆、パリザダがさっそく何かを小脇に抱えて階段をあがってきた。
それを作業台に並べる。
「ほう! これは……あれじゃな」
老人が懐から単眼眼鏡のようなものを取り出して片目に装着し、そしてパリザダが持ってきたアイテムのひとつを手に取って眺めた。
「こいつは! ……伝説の、真実の指輪!」
「真鍮の指輪?」
「いや、真実の指輪じゃ」
だが、その指輪は黄金の輝きには程遠く、その色はくすんでいる。
「これを……、誰にあげようかの」
老人が、三人をひとりづつ覗き込んだ。
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