第18話 ゴールデン

 ちょうど決勝戦が始まったとき、

貴族の老夫婦が会場に入ってきた。


「ふう、なんとか間に合ったようだ」

「まだ始まったばかりかしら……」

そして、ヒスイやボナ姉弟のいるすぐうしろの席に座った。

「おや、また決勝は流民街の連中か」

「いったい、ダンス協会はいつまであんな連中を試合に出させるのかしら……」

ガタっと音がして、ヒスイが黙ったまま立ち上がって振り返る。

「あら、この方たち……」

老夫婦も、すぐ前に座っているのがジュディス流民街のチームだと気付いたようだ。


ヒスイが右腕に力を込めたとき、その腕を上からそっと押さえる者。

「大丈夫よ、わたしたちはこういうことに慣れてるから。わたしたちの誇りは、あくまでも合法的に戦ってきたことよ」

ロッサの言葉に、ヒスイも表情を和らげて椅子に座りなおした。ほっとした表情の老夫婦。

試合場ではルンバのワンブイワンが進んでいた。

「まずは立ち上がりね……」

試合開始時こそ拍手で沸いたが、静寂の中で進む演奏。決勝戦ということもあるのか、敵同士のペアであるがどちらのチームも中々仕掛けない。


「このまま終わって、次のチョチョチョで勝負よ……」

そして試合終了のブザー音。まるで通常のダンス舞踏会のように、格調高いダンスのみで試合が終了した。

「さあここからね」

試合場もざわつき始めた。

「チョチョチョフェーズに移ります。両チーム開始線に立って」

審判に促されて、今度は味方同士でペアになり、それぞれ開始線に立つ。

「ファイトファイトー!」

ルンバのときと異なり、観客席が加熱してきた。


「チョチョチョフェーズは独特の掛け声も入るからねー! 雰囲気に飲まれたらだめよー!」

ロッサからも声が飛ぶ。

前奏が始まり、その独特の掛け声も始まった。

「レンゾクブトー、チョ、チョ、チョ、ソーレ、ワン! ソーレ、トゥー! ソーレ、スリー! ソーレ、フォー! ソーレ、ワン、オイ! トゥー、オイ! スリー、オイ! フォー、オイ! ワントゥースリーフォー! ワントゥースリーフォー!」

さきほどまで格調高かったホールが、両陣営から来る掛け声と笛や太鼓で全体的に賑やかになってきた。それに合わせるかのように、試合内容も激しくなっていく。

「さあさあ!」

サレハ兄妹がコンタクトの遠心力を使って相手ペアにハイキックを打ち込んでいき、相手ペアがなんとかそれを受け止めていなす。


「連続蹴り!」

試合場のもう片隅では、別の相手ペアの男性が放った蹴りをマルーシャとヨナタンの両方が食らい、試合場外へ吹っ飛ばされた。

「ドンガラガッシャン!」

そこに並べられていた、優勝トロフィーのテーブル、そしてオードブルのテーブルが料理ごとひっくり返る。しかし、ポイントにはならない。

「どうだどうだ!」

サレハ兄妹が、相手ペアのひとりを狙って同時に捨て身技に入る。ペアのもう一人が必死に味方に組み付いて技を防ごうとする。狙われたほうが、体をひねって横から床に落ちた。


「技ありあるだろ!」

しかし、審判は首を横に振る。

「アイアンマウントクロース!」

試合場のもう片隅では、相手チームパレスの女性の背面体当たりにマルーシャとヨナタンが場外に吹っ飛ばされた。そこにあったシャンパンタワーが飛沫を上げながら音を立てて崩れ、二人はそのまま貴族たちが座る観客席にもつれ込んだが、かろうじてポイントは取られなかった。

「これでどうだ!」

サレハ兄妹が同時にスライディングローキックを放ち、相手ペアは同時に後ろに飛ばされて、腹ばいで耐える。


「ダブルタイガーパーム!」

試合場のもう片隅、マルーシャとヨナタンが相手ペアの手のひらによる打撃を背面から受けて場外に吹っ飛んでいく。そのままオーケストラの座る席に飛び込んで演奏者を巻き込み、数台の楽器が破壊された。しかし、ポイントはなんとか守った。

すぐに予備の楽器が運び込まれる。

「あの二人……、なんだかんだ、ちゃんと耐えてるじゃない」

「ええ、短期間でよくぞここまで成長したわ……」

マルーシャとヨナタンがしっかりと技を受けきっているのを見て、感心するヒスイたち。


「両ペアとも、試合場の中で戦うように」

審判に注意され、試合が再開されるが、すぐにチョチョチョフェーズの終了ブザーが鳴った。ここまで、両チームともポイントがなく引き分けの状態だ。

「ハアハア……」

息を切らせて帰ってきた四人を迎え、すぐにアイシングとマッサージを行う。

「すぐにゴールデンチョチョチョよ。技あり以上を取ったらそこで試合が決まる」

「ああ。ぜったいに決めてやる。去年は、ここでポイントが取れずに判定に持ち込まれたんだ……」

とイスハーク。やや疲労しているが、

「去年は四人がずっと試合に出っぱなしだったのよ。マルーシャとヨナタンのおかげで、決勝までスタミナを保てているわ」

というリュドミーラの言葉に、勝利を確信した会心の笑みのイスハーク。


「これならいける!」

勢いよく立ち上がった。

「ゴールデンチョチョチョ開始します。両チーム!」

再び開始線に立つ。ゴールデンは、ワンブイワン形式、つまり敵とのペアで開始だ。

「はじめ!」

の言葉と同時に、選手たちも気合が入り、周囲もこれ以上ないほど歓声に包まれる。

「おるあっ!」

「はいはいはいっ!」

開始からすぐに声と技の応酬。声援にかき消されて演奏の曲もほとんど聞こえない。

マルーシャとヨナタンが、相手の攻撃を腹ばいで必死に耐える。イスハークとリュドミーラの相手は、下手な攻撃を掛けずに必死に守る。


「そろそろいこう……」

イスハークが目くばせした。試合場中央付近に、八人全員が自然にもつれこんだ。

「いくよヨナタン!」

マルーシャとヨナタンが、相手に掴まれた部分を振り切って、もつれこみながらペアになる。しかし、不意にバランスを崩した。

「きゃあ!」

悲鳴をあげながら立て直そうとするマルーシャとヨナタン。そこを狙ってくる相手チームの片方のペア。


「ここよ!」

マルーシャが倒れこみながら、実は狙っていた。ヨナタンが起こす力で、一気に地面から蹴りを放つマルーシャ。しかし、

「外した!?」

相手チームは不意を突かれたものの、二人ともかろうじてかわす。


だが……、


そこにイスハークとリュドミーラのサレハ兄妹が迫っていた。マルーシャヨナタンペアの奇襲をかわせたと一瞬ほっとした敵二人。サレハ兄妹が、それぞれの腕を背後から掴んで飛び上がり、絡みついて太ももで肩近くを挟み込む。

床にもんどりうって転がり、力を込めた腕が、徐々に伸ばされる。

「我慢しろー!」

敵チームのコーチが必死に叫ぶ。しかし、

「まいった!」

「パンパン!」

相手選手二人は、それぞれイスハークとリュドミーラに腕を極められ、床を叩いた。


会場が一瞬にして静まりかえり、すべての目が主審に集まった。

「い、い……、一本!」

主審が二名の副審を見て、その副審たちも大きくうなずいた。

「ダブル一本でしょ!」

と審判に文句を言いつつ、椅子から立ち上がって笑顔でロッサ、テッサと握手とハグをするヒスイ。

「か、関節技か……。確かに、投げ技よりも確実に一本と判定されるが……」

敵チーム、パレスのコーチが呆然とした表情でぽつりと呟いた。


 その後、試合場が片付けられ、表彰の準備がされた。

大きな表彰台に、四チームが立ち、最上段にチームジュディスの六人。

「おお!」

「教皇陛下!」

法衣の教皇が一階フロアに降りて、従者とともに歩いてきた。

「優勝、チームジュディス!」

六人全員に、教皇がメダルを掛けていく。そして、巨大な優勝トロフィーがマルーシャに渡された。

「おめでとう」

教皇は背も高く、とてもにこやかで穏やかで、優しい笑顔だった。


「わが娘よ、まさかこんな試合に出場しているとは思わなかった。とても良い試合をしてくれてありがとう。親としても誇りに思うぞ」

「お父様、ありがとうございます」

意を決したようなマルーシャ、

「お父様、お話があります」

「よいぞ」

「この国はとても腐敗しています。富める者と貧するもの、格差がとても大きくなっています。お父様、いえ、教皇陛下、ぜひこの国の窮地をお救いくださいませ」

「姫よ、わたしはそなたのような立派な娘をもってとても光栄に思う。必ずこの国を良くしてみせよう、約束する!」

そういって、がっちりと握手をかわした。


 翌日には、教国が用意した馬車でアイヒホルンに帰ることになった。

マルーシャ、ヨナタン、そしてヒスイは、一緒に戦ったジュディス流民街のみんなとも別れを惜しんだ。そして、刺客もそれ以降は現れなかった。教皇にも現状を訴えることができた。


この時点では、全てが順調に思えた。

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