第17話 華麗なる闘い

 ついに、


ヤースケライネン教国首都ビヨルリンシティ中心部にある、ダンス武闘会本戦の準決勝と決勝を行う会場にやってきた。

マルーシャ、ヨナタン、サレハ兄妹とボナ姉弟、そしてコーチ役のヒスイの七人。

「あれえ? 試合場がひとつしかないけど……」

とマルーシャが気付くと、

「そうよ、本戦の準決勝の二試合と決勝の一試合をここでやるの。みんな注目するわよ!」

とリュドミーラ・サレハ。試合場は宮廷内の施設なので内装がとても豪華だ。試合場の床も汚れ塵ひとつなくピカピカに磨かれている。


「教皇のお出ましだ」

イスハークの声に見上げると、何層にもなった観客席の最上段。もう、誰が座っているのか見えないが、玉座らしきものがあるのは遠目にわかる。

「ようし、じゃあオーダーを発表するよ……」

その玉座を睨みつけながら、ヒスイが紙に書いたオーダーを読み上げる。

「準決勝は、サレハ兄妹ペア、そしてボナ姉弟ペアでいくよ。ただし、マルーシャとヨナタンはアップだけしといて!」

「はい!」

「じゃあ、わたしたちは準決勝の二試合目だから、しっかり観戦しておきましょう」

そう言って、試合場すぐ前に用意された選手用の観覧席に陣取った。


「まもなく、ダンス武闘会、準決勝第一試合目を開始します」

試合場にアナウンスが流れ、オーケストラの演奏が流れる。その宮廷ホール自体がそれほど大きいわけではないので、観客の目がとても近い。

「互いに、礼!」

始まった。

「こっちが前回の優勝チームよ。宮廷のクラブに所属しているチームで、補欠も含めて六人全員アスリート体型。ほとんどの選手が貴族出身、選手層も厚くて、レギュラーを目ざす選手が百人を超えるとか」

リュドミーラが教えてくれた。


「百人……」

マルーシャが驚いている間に、次々技が決まっていく。

「相手のチームもけして弱くはないんだけど、かなりの差があるのは確かね」

「それまで!」

チョチョチョに移行する前に試合が終わってしまった。

「いよいよだわ!」

ジュディスの準決勝選手四人が立ち上がり、体を動かし始めた。

「チームギガンテスとチームジュディス!」

呼ばれて、試合場に上がる四人。その雄姿を見送るマルーシャ、ヨナタン、そしてヒスイ。

「相手チームのエースはテッサと当たるからね! 残りも重量級ぞろいだから、頑張って!」

ヒスイのアドバイス。

「わかった……」

テッサの顔にやや悲壮感が見て取れたが、他のメンバーが必ず取ってくれるはず。


「ギガンテスー!」

相手チームの応援がかなりいるようだ。しかし、

「ジュディスー!」

観客席の二階から声援が飛んできた。見上げると、

「流民街のみんな!」

ジュディス流民街の住民たちも応援に来ていたのだ。みんな、それぞれに普段と違うきらびやかな一張羅を着ている。試合会場ではリュドミーラが手をあげて声援にこたえた。

「お互いに、礼!」

準決勝の第二試合、ワンブイワンのルンバフェイズが始まった。

「おっしゃこい!」

テッサの相手の女性は、太っておらず筋肉質で、身長も体格もテッサより一回り上だ。


最初のコンタクトから仕掛けられ、振り回される。

「ちぃっ!」

なんとか初撃を腹ばいで耐えるテッサ。

「おらおら!」

立ち上がり、ステップインからコンタクト。再び圧力がかかる。

「テッサ、笑顔笑顔! 声出していけ! 気持ちで負けるな!」

いきなりの激しい展開に、両陣営からも大きな声が飛ぶ。

一方、イスハーク、リュドミーラ、ロッサのそれぞれの相手は重量級で、簡単にバランスを崩せるように見えない。

「たーはぁー!」

テッサに対し、再び強烈な技。しかし、


「うまい!」

テッサがふわりと浮いて相手の技をすかした。むしろその勢いで転がってしまい、ポイントにはならなかったが、一瞬ヒヤリとする相手選手。

だが、攻めるのをやめない相手チーム。

「よしこいよしこい……」

悪い姿勢のまま、試合場はしに追い詰められるテッサ、しかしそのときそれは起こった。


ほぼ同時に、

リュドミーラが左手で相手の奥襟をつかみ、引き手も取って相手の体重を避けるように振り回し気味にステップイン。左足をいったん軽く跳ね上げ、もう一度ステップインして今度は思いっきり跳ね上げる。

イスハークは、引き手を持たれた状態で相手の釣り手を必死に押さえていたが、強引に相手が釣り手を取りにくる。その取りに来た相手の手を、逆に高く持ち上げて腰を回転させた。同時に相手の引き手を上から握り返す。

ロッサが、相手の巨体を押し込んでいったん反らせ、前に体重が掛かった瞬間に釣り手を軸に体を沈ませた。その相手は、ロッサが視界から消えるとともに、一瞬自分が無重力状態になったと感じた。


そして、テッサが床に叩きつけられつつ体をひねって相手の技を耐えたとき、三つの巨体が宙を舞った。どおんとホールが揺れ、天井の巨大なシャンデリアも揺れた。

審判が一瞬間を置き、そして、両手と片方の足を高々と上にあげた。

「トリプル一本!」

その声に、一瞬の間を置いて、応援席から歓声があがる。ホール全体が、おおとどよめいた。


「はじめて生で見た、トリプル一本……」

ヒスイが呟いた。

「トリプル一本?」

「そう、ダンスの世界では一生で一回見れるかどうかと言われている……。ちなみに、天覧試合でトリプルより上のカルテット一本が出ると、文明が滅ぶとも言われているわ」

「そ、そうなんだ……」

「互いに礼!」

ありがとうございました、と礼をしつつ、自分たちも半信半疑という顔で降りてくる、ジュディスチームの四人。


よくやったと迎えていると、すぐに場内アナウンス。

「十分後に、決勝戦を開始します。各チームはオーダーを提出してください」

そのアナウンスに、ヒスイが円陣を組ませた。

「じゃあ決勝戦のオーダーよ、サレハ兄妹、そして、マルーシャとヨナタン!」

ついに来た、とマルーシャとヨナタンの顔が青ざめた。もともとそのつもりだったとはいえ、この豪華絢爛な決勝会場で実際に戦うとなると、戦慄を覚えてしまう。たくさんの観客と、教皇だって観戦しているのだ。

「……、ボナ姉弟だとダメなのかしら?」

気弱になったマルーシャが思わず言った。

「大丈夫よ」

ヒスイとリュドミーラが同時に励ました。


「たしかに今日のボナ姉弟は調子がいいわ。だから、むしろ相手の読みを外せる、というのがひとつ」

とヒスイ。

「判定に持ち込ませないで、膠着を崩す技、いっしょに何度も練習したでしょう?」

とリュドミーラ。

「大丈夫だ、おれたちなら絶対に勝てる。貴族たちに負けるわけにはいかない……」

とイスハーク。

それから試合開始まで、緊張で青い顔で椅子に座るマルーシャとヨナタンの、肩を揉んだり腕や腿を叩いて緊張をほぐす他のメンバー。


そして、ブーっとブザーの音。


「チームパレスとチームジュディス!」

決勝に参加するチーム名が呼ばれた。だが、

「ちょっと……、わたしトイレに行きたい……」

マルーシャが、立ち上がって言った。

「ぼ、ぼくも……」

とヨナタンも。

ヒスイが瞬時に状況を理解し、試合場の審判と場外の係りの者を交互に見た。

「トイレターイム!」

と手をクロスさせる。

係りの者も確認に寄ってきた。

「なに? トイレタイム? オーケイ、トイレターイム!」

「オーケイ、トイレタイムカウント」

主審が自分の時計でカウントを始めた。


トイレタイムが認められたようで、すぐにマルーシャとヨナタンが行こうとするが、

「場所どこかしら?」

「こっちよ!」

マルーシャの手をロッサが、ヨナタンの手をテッサが取り、急いで案内する。

しばらくして、

「トイレタイムフィニッシュ!」

二人とも小だったようで、すぐに戻ってきた。それを見てヒスイが審判に告げ、いくらかよくなった顔色で、試合場の列に加わる二人。

「トイレタイム、ナインティナイン……」

主審が時計のカウントを止めてそう告げたあと、

主審と二人の副審、そして各チーム四人。

「教皇に……」

全員が教皇のいるほうへ向いた。

「礼!」

そして、両チームが向かいなおす。


「互いに、礼!」

会場に拍手が沸き起こる。そして、ルンバワンブイワンの開始線に立った両チーム合わせて八人。主審が立ち、副審二人も所定の位置に。

もう開始前から、両チームのものすごい声援だ。だが、前奏がはじまるといったん静まり返った。

開始線で構える選手たち。

「はじめ!」


ステップから始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る