第16話 舞踏会
あっという間にその日が来た。
ダンス武闘大会予選のために、ヤースケライネン教国首都ビヨルリンシティ郊外にある、巨大なトレーニングホールに来ている。
「ようし、いったん集まろう!」
ヒスイの掛け声に、六人が集まった。
みんな試合用の衣装を着ており、髪を邪魔にならないように結うか特性の油でピタッと固めている。男性の背中にはゼッケン、女性は魅了するど派手な化粧。
「イスハークとリュドミーラのサレハ兄妹、調子はよさそうね」
エースの二人、朝から目つきが違う。
「テッサとロッサのボナ姉弟、活躍してもらうわよ」
イスハークとリュドミーラの練習相手をしていた二人だ。
「マルーシャとヨナタン、リラックスして」
予選会場にいる参加者が、どれも自分たちより強く見えて顔がこわばる二人。よく見ると、肌と同じ色のテーピングが体のいたるところに巻かれている。
「じゃあ、オーダーを発表するよ。予選最初の試合は、ボナ姉弟ペアと、マルーシャ、ヨナタンペア!」
わかってはいたが、あらためて発表されるとさらに顔がこわばった。
「じゃあ、わたしたちは上で見ているから」
と、イスハークとリュドミーラが観客席のほうに行ってしまった。
「じゃあ、呼び出されるまでもう少し準備運動して待っていましょう。わたしたちはこの第四試合場ね」
予選会場のホールはとても広く、試合会場が八個設置されていた。百を超えるチームが参加しているようだが、どんどん試合がこなされていく。
「予選ビー組、チームジュディス!」
係員から呼ばれ、マルーシャの心臓が急に高鳴る。ヨナタンも、笑顔を無理やり作っている。
「並んで……、礼!」
「お願いします!」
各チーム四人が並んで礼をした。
それぞれが、試合場の開始線の位置に立った。
「最初はルンバのワンブイワンよ! 最初の二十秒、集中して!」
ヒスイの声が飛ぶが、マルーシャは足元がふわふわして、まるで自分のからだでないようだ。
「はじめ!」
四組のワンブイワンがはじまった。マルーシャの目の前に、相手チームの男性が立つ。目の端に、ボナ姉弟の姉、ロッサが入った。相手の男性があきらかに大柄だ。不安がよぎる。
「さあステップから入って……、最初のコネクションから気を付けて!」
「きゃあ!」
どこかに気をとられていたマルーシャ、相手の男性にいきなり仕掛けられた。
「耐えて!」
審判を見る。しかし、ポイントはなかったようだ。
「技あり以上とられなければいいから!」
ヒスイの声が飛び、目が覚めだしたマルーシャ。そのとき、
ボナ姉弟の姉、ロッサの相手男性。自分より小さな女性に仕掛けようとしたとたん、その視界から消えるロッサ。見る間に、テコの原理で大きな体が一回転。
「一本!」
ロッサが、相手の股下に潜り込んで担ぎ上げる背負い投げで、一本を取った。その直後、
「一本!」
今度は弟のテッサが、左の足払いで相手女性から一本。審判が忙しく動き回る。
「よし!」
試合が決まった四人が、場外へ順次下がる。残ったヨナタン、相手女性からの攻撃をしのぎ、あわよくば技を狙っていた。そのとき、
「ここよ……」
相手の連続攻撃を何とかかわしていたマルーシャ。その攻撃が少し途切れたときだった。
コンタクトのタイミングで、相手の手を取らずに左手で相手の右肩口をつかんだ。右手で相手の左襟をつかみながら、その手首を返して相手の顔に押し付ける。
「よい……」
右足を前へ大きく振り上げて、相手の右軸足を刈りにいく。
「いいよ、いけいけ、もっていけ……」
「しょー!」
ヒスイも同時に大声で叫び、そこを指さして審判を見る。
「い……、一本!」
主審が右手をあげながら、二人の副審を見た。副審から異議は出ない。
「うやったあ!」
飛び上がって喜ぶマルーシャ。
「それまで!」
ワンブイワンで三本先取して試合が決まった。互いに礼をして試合場をおりる。
「やったあ!」
そのままヒスイに飛びつくマルーシャ。
「よくやった、びっくりしたよ」
そう、その二週間は防御の練習ばかりやっていたのだ。マルーシャ本人も、びっくりしている。
「練習でも掛けたことないよ!」
他の上級者たちがやっていた技が、自然に出たのだ。
ボナ姉弟とヨナタンも、ニコニコしながらその様子を眺めていた。
その後、
一本こそ取れなかったものの、調子の上がってきたマルーシャは相手の技をほぼしのいでいた。
「そうワン、トゥー、スリー、フォー!」
ヒスイの声がホール全体に響き、
「えいやっ!」
ロッサが担ぎ上げる。
テッサとロッサが一本を取り、マルーシャとヨナタンが守り切れば、それだけでチョチョチョのチームファイトに進むことなく試合に勝てた。
そして予選の準決勝。
「次の相手はけっこう厄介だわ……」
四人を送り出したあとのヒスイ。横には、観客席から降りてきたイスハークとリュドミーラ。
「ああ、去年の予選の決勝で当たったやつらか」
とイスハーク。
礼が終わってワンブイワンの位置に立つと、ロッサの正面の相手、
「あいつ、また大きくなったな……」
「前回百三十キロあったでしょ?」
さすがのリュドミーラも、あまりそんな相手とやりたくない、といった表情。しかし試合が始まると、
「技あり!」
ロッサが開始早々から、巨体の股に潜り込んで、今度はうしろへ転がした。背負い投げをフェイントにした、抱きこみ小内投げだ。
「え!?」
「うそ!?」
味方チームすら驚いている。
「しかし、惜しかった!」
もう少しで一本という投げだった。
しかしその後、相手チームもテッサとロッサの技を警戒する。
「あまり攻めてこなくなったね……」
ヒスイもロッサに技を決めてほしいところだが、巨漢相手にスタミナもやや心配だ。
「ロッサ、行けー!」
だが、リュドミーラは気にせずロッサを応援する。
「それまで!」
審判の声で、ルンバのワンブイワンが終わった。
「今日はじめてのチョチョチョね」
誰も一本以上のポイントが取れていないため、勝敗がつかずに次のチームファイトのフェーズに移った。今度は味方同士で開始線に立つ。
「はじめ!」
テッサとロッサのペアはもちろんだが、マルーシャとヨナタンのペアもかなり自然にステップに入れるようになった。
「いいよー、コネクションから、相手との間合いを測ってー」
「いいよ、ガンガン行け!」
ヒスイとリュドミーラから、マルーシャヨナタンペアにガンガン声援が飛ぶ。
「よしこい!」
「さあこい!」
その声を受けて、マルーシャとヨナタンの二人からも威勢の良い声が出る。
「おらおら!」
好戦的な表情やステップ、しかし、実は仕掛ける気はなく、時間を稼ぐだけだ。
その間に、テッサとロッサのボナ姉弟ペアも時機をうかがっていた。相手チームの巨漢がいるペアが、マルーシャヨナタンペアとやや交錯しかけて気をとられた瞬間、
「今だわ!」
姉のロッサの合図とともに、二人同時に巨漢に仕掛ける。マルーシャに掴みかかろうとした敵ペアの巨漢のほうだけを捕まえた。
テッサとロッサのそれぞれが、右袖左袖、そして左右の片襟をつかんだ。そして、体重を使って巨漢の頭を思いっきり下げさせる。
「よっ」
その出来たふところの空間に、二人の息があった。
「おっとぁ……!?」
巨漢は反応して一瞬腰で残したが、そのあとふわりと持ち上がった。
「いった!? ダブルともえ……」
一瞬時間がとまる。
「ったあ!」
どおんと試合場が揺れた。
「一本!」
審判の手があがった。
「やあっ!」
その秒差で、捕まっていたマルーシャに対してダブルブレーンバスターが決まったが、すでに一本の判定が出たあとだった。一本を取られまいと体をひねりつつ、顔をあげて審判を見つめたマルーシャ。
「それまでー」
あらためて審判の判定がくだり、ジュディス側の勝利が確定。
「よっしゃあ!」
試合場そとでヒスイとリュドミーラが抱き合う。
チョチョチョを制して予選準決勝を終えたチームジュディス、
すぐに予選決勝だ。
「よし、じゃあ、そろそろあなたたちの出番よ、イスハークとリュドミーラ!」
「しゅっしゅっ」
リュドミーラが軽くジャンプしながら体をひねり、イスハークが股わりを始める。会場も、優勝候補の一角登場で少しざわつきだした。
「マルーシャ、ヨナタン、おつかれさん。しばらく休憩だわ」
「うん、ありがとう」
他人の試合を見るのは気楽だ。しかも、サレハ兄妹とボナ姉弟の試合だ。
「ジュディスチーム!」
係員が呼んだ。
「ジュディス行くぞ!」
そのリュドミーラの掛け声に、残りの三人がおうと太い声で答えた。
「はじめ!」
の審判の掛け声とともに、リュドミーラがいきなり仕掛けた。
「しゃおら!」
相手を試合場の端に追い詰める。今日初めての試合で、気合が入りまくりだ。
「はいはいはい!」
相手男性も必死に押し返すが、圧に押されっぱなしだ。
「とあっ」
勢いに押されたまま、技に入った男性、しかし、リュドミーラが股に手を差し込んで持ち上げ、一回転させた。
「はいもらったぁ!」
どうと背中から落ちて、審判の一本の声。
「気持ち切らすなあ!」
相手チームのコーチから声が飛ぶが、そのあとイスハーク、ロッサと連続で一本が決まり、試合が終わった。
「このあと決勝なの!?」
勝った四人を迎えて喜ぶマルーシャたち。
「次は本戦のセミファイナル、そして会場は別の場所さ」
試合あととは思えない余裕の呼吸と表情で答えるイスハーク。
まさにジュディスの快進撃だった。
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