第20話 神の答え

 老人の視線が、マルーシャのところで止まった。


にっこり笑って、

「姫、これをあなたに授けよう!」

マルーシャの顔がさっと曇ったが、

「え、ええ……」

しかたなくその指輪を受け取るマルーシャ。


老人が、付けてごらんという顔をしているので、しかたなく左手の人差し指に付けてみる。その指輪には蝶の翅をあしらった装飾が付いており、これまたマルーシャの趣味ではなかった。これだったら、なんの装飾も付いていないシンプルな丸い輪っかのほうがよかった。

「こ、これは、何か効能があるのかしら」

サイズが意外とぴったりだったのでさらに落胆するマルーシャ。

「そうじゃ」

老人はふと立ち上がり、そしてまた座った。


「それは、真実の指輪という名前のとおり、すべての嘘をあばき、真実を明らかにする、恐ろしい指輪なのじゃ!」

「すべての嘘をあばき、真実を明らかに……。具体的にどんな感じで明らかにするのかしら……」

「いい質問じゃの」

そう言ったきり、老人がしばらく黙る。三人を眺めまわし、そしてまた黙った。

ついに、次のアイテムに手を伸ばそうとする。


「なんか一見黄金ぽくみせて実際は真鍮だし、この指輪自体が嘘くさいんだけど……」

マルーシャがその老人の動きを遮るように言った。

「なんと? その指輪は黄金じゃよ」

「これ、黄金なの?」

信じられない顔のマルーシャ。

「そうじゃ、ほんものの黄金。質屋に持っていけばそれなりの値段になるぞ」

マルーシャが指輪に目を近づけて眺めているうちに、老人が折りたたまれた黒い布を広げた。


「おお!」

老人が広げたそれは、黒いマントだった。赤い目のような柄が描かれている。

「これは、怠惰のマント……」

老人がヨナタンとヒスイを見比べ、

「これは君にあげよう」

少し寒そうな様子のヨナタンに渡した。

「あ、ありがとうございます」

ヨナタンも暖かそうな布きれを貰ってややうれしそうだ。さっそく膝に掛けた。

「これも何か効能があるのですか?」

「これはのう、たしか……、着ていると運がよくなるんじゃ。あまりに運が良くなって、相手の攻撃を避けるのがおっくうになってのう……」


「だから、怠惰のマント……」

「あと、強く意識を込めると地獄へ行けるという言い伝えも」

あ、はい、わかりましたとヨナタン。もちろん、そんなところに行くつもりはない。

「最後はこれか……」

老人が最後のアイテムをとりあげると、ヒスイが立ち上がって手を差し出した。きらきらと白く輝く素敵なステッキだ。

「まあ素敵!」

ヒスイもそれを手に持ってクルクルと回した。

「そう、それは光のステッキ……」

ちょうどそこへ、背の高い老婆パリザダがお盆に次のスイーツとお茶を載せてやってきた。


「ヒスイ、貸してみて。懐かしいわねえ」

作業台にお盆を置き、光のステッキを手に取って眺めるパリザダ。

「わたしの若いころ、何かかわいく戦える武器がないかと思ってねえ、ずっとこれで戦っていたんだよ……」

と当時を語るパリザダ。

「わはは、そんなでかいなりをして、かわいく戦うだと? こりゃ面白い……」

パリザダの頬あたりがぴくぴくしている。

すると、その老婆がステッキをすっと振り下ろした。

「おう……」

そのステッキの先に大きな剣が具現化し、ラオがすっと後ろに避けて、その座っていた位置を斬って作業台の手前でピタッと止まり、そして消えた。


「このステッキは、武器を具現化するのを助けてくれる。マナ効率もあがり、ステッキの握りによって武器をイメージしやすくなるから、結果的に斬撃力もあがる……」

そういって、もう一度ステッキを振る。

「おおう……」

椅子に戻ろうとしたラオ、すっとうしろに下がり、その位置をまた具現化された魔法の剣が切り裂いた。

「なるほど、こうね……」

祖母を真似てステッキの先に小さな剣やら斧やらの斬撃系武器を具現化させて遊ぶヒスイ。気に入ったようだ。


「さて、ひと区切りしたところで、さっそくスイーツをお食べ……」

とパリザダが促す。

再び、ヨナタンに注目が集まった。各自の小皿に、紫色の指のかたちをした、

「おそらくクッキーだね……」

手に取って眺め、鼻を近づけるヨナタン。

「じゃ、じゃあ……」

色やかたちをここまでホンモノの指に似せる必要はあるのか、という疑問も抱きながら、ヨナタンが目をつぶってそれをかじった。

「こ、これは……、紫芋のクッキーだね。しかも、粒が細かく中身が詰まっていてほんのりした自然の甘み、濃厚な味わいだ!」

ほかの三人もクッキーに手をのばした。


「うん、この香草のお茶にもぴったりあう」

ティーを口に含んだヨナタン。

それを見て、パリザダが満足そうな顔で二階へ降りて行った。


 しばらくスイーツを楽しんだあと、

「あとはあれじゃのう、何かわしに聞いてみたいことがあれば、なんでも聞いてくれ」

そう言いつつ、天井から下がる呼び鈴を引っ張った。

パリザダが再びやってきて、追加のクッキーを山盛り置いていった。

「ぼりぼり」

それをむさぼり食いながら、質問を待つラオ。

「あらためてそう聞かれると、何を質問すればよいかしら」

という三人だったが、ついにヨナタンが手をあげた。


「ぼくたちの未来を予言してほしいのですが……」

マルーシャとヒスイが、なかなかいい質問だ、と頷いた。

「ふむう……」

老人はいったん黙った。そして口を開いた。

「それはできん」

あっさりと言った。

「偉大なる魔法使いでもできん、というわけではない」

老人は続けた。

「それは、神でもできんのじゃ」

「神でも……。でも、なぜ神さまでも未来を予言することはできないのでしょうか?」

「それはのう……」

いったん言葉を止めて、ティーを飲む老人。

「ごほっ」

いったんむせたあとに言った。

「君たちがもともとは神じゃからじゃよ」

「ごほっ」

今度はマルーシャ、ヨナタンとヒスイの三人ともがごほごほとティーにむせた。

「わたしたちが神!?」

「そうじゃ。もう少し言うと、君たちだけじゃなく、意識をもっているものは全てもともと神だったのじゃ。だから、自由意志というものを持っておる。どんな者もその自由意志を邪魔することはできん、という意味で、どんなに優れた存在でも未来は予言できんのじゃよ」


未来は予言するものではなく、君たちが神として創造するものじゃ、と老人。

「な、なるほど……」

ヨナタンも老人の言葉の意味があまりよくわからなかったが、納得するしかないようだ。

「他に質問はないかな?」

と目を向ける老人。

「この世で一番恐ろしいモンスターって?」

とヒスイ。マルーシャとヨナタンも聞きたそうな質問だ。


「この世で一番恐ろしいモンスター……」

ラオの表情が、とたんに恐ろしくなった。

「なんじゃろうな……、ブラックドレイク……、はさっき君たちが倒したか……」

その言葉に頷くヒスイ。

「闇のアセンデッドマスター……」

それも名前からして強そうだ。

「じゃが、もっと強くて恐ろしいのがおったのう……」

老人がクッキーを放り込んだ。


「闇の……、黒いフィロソフィースフィアじゃ!」

小さなクッキーのかけらがいくつか口から飛び出した。

「そ、それは……」

「そう、究極のマジックアーティファクト、フィロソフィースフィアの黒い版じゃ!」

「その、そもそもフィロソフィースフィアってなに?」

ヒスイが聞いた。

「あれじゃよ、なんかまるいやつ……」

老人が手で丸いかたちを作るが、ヒスイにはまったく伝わっていない。


「でっかい丸いやつじゃよ」

老人が立ち上がって手ででっかい丸を作り、ヒスイも真似してみるが、まったく伝わっていない。

「それがどんな悪さをするの?」

場を納めるためにしかたなくマルーシャが聞いた。

「白いほうは神の意思を遂行するが、黒いほうはサタン、つまり悪魔の意思を遂行するのじゃ……」

そう言いつつ、老人は寒気を感じたのか、左右の上腕二頭筋をさすった。

「他に質問はあるかのう?」

わたし、いいかしらとマルーシャが手を挙げた。


「宇宙人とか絶対的存在っているの?」

「ふむ……」

老人は、いい質問だと髭をなでた。

「宇宙の絶対的存在。それは創造主、つまりプライムクリエイターのことじゃな」

「プライムクリエイター?」

「そう、プライムクリエイター。わしのことじゃ」

「え? 今なんて?」

マルーシャが聞き返した。

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