第6話 議員と軍人

 大富豪のゴッシー氏の紹介で訪れたのは、

アイヒホルン市の中心ちかく、ある議員ギルドの建物だった。


「ここかなあ」

マルーシャとヨナタン。建物の入口は開いていて、その入口の横に置いてある椅子に、赤い鼻で白髪まじりのおじさんが居眠りをしていた。

「あのう、すみません」

「ふへ?」

「ワルター・テデスコ議員とお会いしたいのですが……」

「ああ、面会? 入ってすぐの部屋だよ」

そういうと、おじさんは腕を組んでまた居眠りを始めてしまった。二人でそのまま部屋へ入っていく。


それらしき部屋に近づいていくと、何やら話し声、というより叫び声に近い人の声で、盛り上がっている。

「ほら、ヤーゴがんばれ!」

「その歩を取るの?」

「待った」

「ああ! 飛車取られた!」

「待った、えーっと……」

部屋に入ると、三人でどうやらチェスをやっているようだ。

「あのう、ワルター・テデスコ議員はどなたでしょうか?」

「あ!?」

その三人はマルーシャとヨナタンが入ってきたのに気づいて、きまり悪そうにチェス盤をテーブルのわきにどけた。


「チェスというのは政治をやっていくうえで、非常に重要でね、別に我々が暇なわけではないのだよ……」

そう言って、椅子から立ち上がって手を差し出してきたのは、背がやや低くて太った人物。

「わたしが善良な地方議員、ワルター・テデスコだ」

よろしく、と二人と握手する。

同じように、次は痩せてのっぽの人物。

「同じく地方議員の、オンドレイ・ズラタノフだ」

そして、最後は中肉中背の、あまり特徴が無くパッとしない人物。

「ヤーゴ・アルマグロ、地方議員をやっています。マルーシャ姫と会えて光栄です……」


アルマグロ氏は一見いい人そうに見えるが、議員というよりは一般人に見える。テデスコ氏とズラタノフ氏は、お世辞にもいいひとそうには見えない。どちらかというと、その逆だ。

「かけたまえ」

全員が、簡易なつくりの折り畳みの椅子にすわった。

「ふうむ……」

テデスコ氏が腕を組んだ。

「われわれも、ついに三人になってしまった」

とズラタノフ氏。


「みないいひとたちだったが、落選して、なかには辺境に去って盗賊のようなことをしている者もいる……」

とテデスコ。

「どうしてそんなことになったんですか?」

とヨナタンが聞いてみる。

「新興の議員ギルドが急速に力をつけてきてね。われわれも、毎日一生懸命に頑張っていたんだが……」

「彼らは、うしろに宗教団体がいて、いくらでもお金があるんだ。それで毎日ごちそうや温泉三昧で……。我々の支援者は政治資金しかくれないのに!」

のっぽのズラタノフが少し激高しだした。


「そうだ。われわれももっと美味しい思いがしたいのに、われわれの支援者は政治活動に必要な分しかくれない。しかし、奴らといったら……」

太っちょのテデスコも少し顔を赤くしだした。

ややうしろに座っていたアルマグロ氏は、うつむいて体をゆらゆらと左右に揺らせている。

「それでな……」

テデスコが声のトーンを落とした。四人が顔を近づける。

「これは内緒の話だぞ……」

ぞっとするような表情のテデスコ。


「実はな、選挙の投票を集計する選挙委員、このメンバー、誰だと思う?」

ヨナタンが、わからない、と首を横にふる。

「ほぼ全員が、ヤースケライネン教の関係者なんだよ」

えっという表情のマルーシャとヨナタン。

「そこでね、あまりにわれわれのメンバーが落選するものだから、うちの誰かが調べようとしたんだよ」

「変な集計のしかたしてないかってね」

と今度はズラタノフ。


「そしたらね、そのひと、行方不明になってね」

そのテデスコの言葉に、ヨナタンが悲鳴をあげて思わず耳をふさぐ。

「それ以来、そのことについて誰も調べなくなったんだよ」

うしろで、船を漕ぐかのようにさらに大きく揺れるアルマグロ氏。

「でも、それはあまりよくないわね。なんとか確かめる方法がないかしら……」

と考えるマルーシャに、

「軍の人間に会ってくれ」

とテデスコ。


「実は秘密裡に、連絡をとっているんだ……」

と言って、小さなメモを渡すテデスコ。

「くれぐれも内密に……」

と、恐ろしい表情で言うズラタノフ。

そのころにはアルマグロ氏も起きてきて、今後ともよろしく、ということで建物をあとにした。


 軍の建物は、アイヒホルンの郊外にあった。

そこは受付けに二人の兵士。厳重に門が閉まっていて、衛兵も門の左右に一人づつ。


「トム・マーレイ少尉と会いたいのですが……」

二人いる受付けの兵士のひとりがヨナタンの言葉にいぶかし気な表情。

しかし、

「マルーシャ姫が来たとお伝えいただけるかしら」

というマルーシャの言葉に、ばね仕掛けのように立ち上がって走っていった。平民服なのでわからなかったらしい。

さっそく中に通された。

軍施設の小部屋で待っていると、あらわれたのはいかにも真面目そうな若い軍人だった。

「トム・マーレイ少尉です」

と言って敬礼した。


「ワルター・テデスコ議員から、軍が独自に動いていると聞いています。その状況を聞かせてもらえるかしら?」

「軍が? 独自に? なんのことでございましょう?」

「新興議員ギルドと、宗教団体の不正のことです」

「いえ、そのようなことは軍は行っておりません」

マルーシャが威圧的な態度で望んでも、トム少尉の答えは素っ気ない。

おかしいな、と思ってふとテデスコからもらったメモをもう一度見た。トム・マーレイ少尉の名前の下に、何か書いてある。


「ウサギ計画?」

マルーシャの口からその言葉が出たとたん、トムの顔があっと驚いて、

「姫、場所を替えましょう! そのメモは今ここで破り捨ててください」

トムに促されて、いったん建物を出て、さらに郊外の訓練場のようなところへ三人で移動した。そこの仮設の建物に入って、そこでやっとトムが口を開いた。

「その言葉は、ある極秘プロジェクトのコードネームです。そして、我々はこちら側を野ウサギ、あちら側を白ウサギと呼んでいます。さっきの場所は外部のものに会話を聞かれる可能性があったので……」


「極秘プロジェクト?」

「そうです……」

そこでトムは少しヨナタンの存在が気になったようだ。

「この者はわたしの信頼できる従者です。いっしょに聞いて問題ないわ」

安心したトムの口から出た内容は、マルーシャたちにとってまさに驚愕だった。

「それは……、もはやクーデター?」

「そう受け取られても仕方ないですね」

トムもそう認めた。

「でも、ひとつ信じてほしいのは、われわれは教国を……、この国を悪くしようとはけして思っていません。悪い部分をよくしたいだけなんです。賛同してくれる軍人はかなりいて、このアイヒホルン軍はほとんど野ウサギです、一部の佐官クラスを除いて。ビヨルリンシティも半分近く野ウサギですが、逆にいうと半分向こう側で……」

一見ただの真面目な若い軍人、そんなことまで考えて行動していたとは思わなかった。


「でも、その向こうの首謀者は誰なの?」

「腐敗大臣、ムフ・ブハーリンです」

トムは青い顔で答えた。

「くそっ……、あいつか……」

ヨナタンも、苦り切った表情でそう言ったが、まだ会ったことはないはずだ。

「姫! ぜひお願いしたい、ぼくたちは、実はあまり軍事行動に移したくない。そんなことをすれば、必ず民衆が傷つく……」

トムは、熱い表情でマルーシャの手をとった。


「軍事行動に移さずにすべてが解決できるよう、姫も動いていただけますか!? ぼくは、ぼくの弟たちや妹たちが傷ついたり、死んだりするのをけして見たくない!」

横で目頭をおさえていたヨナタン、

「ちなみに……、トム少尉は何人兄弟なのですか?」

「ぼくは……」

ヨナタンとマルーシャを順にしっかりと見据えたのちに、

「十二人兄弟の長男であります! 父と母は元気です!」

意外と大家族だった。


「わ、わかったわ。わたしもできるかぎりのことをしましょう」

いい話を出さないとトムが手を放してくれそうにもなかったので、マルーシャもそう答えた。

「でも、具体的にどうしたらよいかしら……」

少し途方に暮れるマルーシャだが、

「もしビヨルリンシティに行かれるのでしたら、軍が……、野ウサギが後押しします。まずは首都の実情を、ぜひ知ってもらいたい」


首都で関係者とコンタクトする方法を教えてもらい、その軍施設、そしてアイヒホルンを後にした。


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