第28話 落城寸前

 黒い館前。


ヒスイが刺客の一隊四人を行動不能にしたのち、すぐに戻ると、


「たあっ!」

ゴシュが相変わらず巨人の攻撃を右に左に避けていた。

しかし、その周囲を確認すると、刺客のかなりがすでに傷んでいる。

「それっ」

ゴシュが巨人の大木をかいくぐって転がると、その先にたまたまいた、まだ元気な刺客、

「どごっ」

「おう、すまん……」

なぜか敵にひとこと謝るゴシュだが、その相手、もつれ込んだ際にゴシュのひざか肘が急所に入ったのか、ううと呻いて膝をついた。

ヒスイが残ったひとりに狙いを定めるが、そこにもゴシュが偶然ころがっていき、敵に衝突する。


「うぐぅ」

中央二隊、八人いた刺客の最後の元気なひとりが、衝突の際に膝の十字じん帯を痛めたようだ。両膝を抱えてうずくまった。

右サイドでは、マリーとヨナタンに翻弄されて、刺客がまいってきている。だが、

「こいつはどうする!?」

ギルバートが現れて、マリーに聞いた。

「どうって!?」

「この巨人、恐ろしくタフだ!」

ギルバートは小さな刃物を何度か巨人に投げたようだが、まったく効いていないようだ。むしろ、ギルバートのほうがなぜか全身傷だらけになっている。


巨人の前では、ゴシュがいったんさがってヒスイが前に出て、巨大な剣で巨人を牽制している。

「なんとかできないの!?」

マリーがまだ残った刺客に気功をかけながら、ギルバートに叫んだ。

「あれをやってみる!」

「あれって!?」

そのとき、やっとマリーがギルバートのほうを見た。

「おれが死んだら……、遺灰は北海に捨ててくれ」

にこりと笑って親指を立てたギルバート、マリーが何か言いかけようとする前に、

「うおおおおおおおおお!」

ギルバートが雄たけびをあげて巨人に突進した。ヒスイもそれに合わせる。


「対巨人、金剛一閃!」

飛び上がって巨人を上から斬りつけ、そのヒスイの大剣を受け止める巨人。足元に隙ができた。

「どっせい!」

その隙に、ギルバートがい草マットほどの大きさのある、巨人の足の甲の骨の隙間に拳を叩きつけた。

「ふああがひいー!」

巨人が何か叫び、そしてその巨体が硬直する。

「効いた!?」

拳を叩きつけ、ぐりぐりしたままきっと顔をあげたギルバート、

「経絡の、ギルバート!」

どこかしらに叫んだ。


 その後、


ギルバートが拳をどけても巨人が動けないことを確認し、行動不能になった刺客たちを拘束縄で巻いていく。

「どうしようかしら」

刺客がおおかた巻かれたあたりで、マルーシャもどこからか姿を現わした。

「そのへんの木にでもくくって、落ち着いたらアイヒホルンに引き渡そうかしら」

すると、意識のある刺客のひとりが話しかけてきた。

「おまえたち、い、いったい何者だ……。われわれは、千人規模の大隊に匹敵する戦力だ。なぜこうも簡単に撃退できる?」

「何者? それはこっちのセリフ……、と言いたいところだけど、あなたの言いたいこともわかるわ」

とマルーシャ。


「わたしを討ち取りたかったら、もっと格上の刺客を寄越すことね。あと、少しフォーメーションを意識しすぎているわ、もっと柔軟に戦ったほうがいいかもね」

そのマルーシャの言葉に、縄でぐるぐるに巻かれた刺客はがっくりうなだれた。

「じゃあ、刺客も倒したことだし、館で休むかね」

マリーが労いの言葉をかけ、六人が館に入っていく。


 刺客を撃退したことで、それぞれが館の各階で休むことにした。


マルーシャの部屋では、すでにヒスイが床で眠っている。

「なんかうるさいわね……」

マルーシャもとても眠いのだが、さっきから浅い眠りに入っては、巨人の低い叫び声に起こされていた。巨人はギルバートの技によって動けないでいたが、ずっと低い声で不平不満を叫んでいた。

「目をつぶっていよう」

そのうち眠くなるだろう。

「カチ……カチ……カチ……」

部屋に置いてある時計の音が気になってきた。


「こんな時、確かアイマスクと耳栓をするといい、って誰か言ってたよね……」

しかし、体を起こすとさらに目が覚めてしまう気がする。このままじっとしていたほうがいいか、それともいったん起きてすべて対策してからもう一度寝たほうがいいのか。

「あれ、なんかトイレに行きたいかな?」

いや、どうだろう、気のせいか。しかし、もしそうなら、ヒスイを起こさないと恐くて行けない。


仰向けでじっと考えていたマルーシャ。

すると、部屋でカサッと音がした。

「誰かいる!?」

マルーシャが上体を起こしたところに、剣が突き刺さる。

「避けだだと!?」

誰かが叫び、

「はいや!」

ヒスイが一瞬で目を覚まして跳ね起き、相手の第二撃をガキンと受け止めた。

「アイアンスキン……。アイアンスキンは全ての斬撃を跳ね返す……」

「く……、金属性の使い手か……」

マルーシャの姿はすでに見えない。

「ヨナターン!?」

ヒスイが同じ階にいるはずのヨナタンの名を呼んだ。

「……」

静寂が返事をして、ヒスイが相手と対峙する。目の部分に白と黒の刺繍のマスクをした黒装束だが、物腰から簡単な相手ではないと悟るヒスイ。


「今宵は月も瘴気を帯びておる……」

「なにぃ!?」

黒装束の背後から声がして、とっさに低い姿勢で床に転がり出る黒装束。

「そなたは階下へ……、ここはわたしがやろう」

ヒスイがうなずいて、部屋を出ていく。ヨナタンの姿をした男が、手に持った短い剣を軽くふった。

わあんと嫌な音がして、寒気がしてくる黒装束の男。

「こ、このわたしが、気圧されている……!?」

その恐れを振り払うがごとく、手に持った二本の幅広のナイフで鮮烈の気合いとともに斬りかかる。


男が斬りかかる寸前に、巨大な刃が具現化するが、ふうんと風が通り過ぎ、

「避けた?」

ふつうの人間には避けられる斬撃のスピードではないはず、

「おぬしたちは、時間という物理量に縛られておる……」

いつの間にか背後にヨナタン、

素早く重心を落として床を這うように飛び退る黒い男。

「ええい!」

黒い男が二本のナイフを回転させつつ投げつける。だが、剣を持った男の前で瞬滅した。

「もらった!」

間髪入れずに両手両足を斬撃武器化させて、襲い掛かる黒い男。


だが、

「燃えろ……」

その強靭に鋼鉄化した両手両足が瞬時にどろりと数千度に溶融した。

「ま、まさか!?」

だが、床に落下しつつ黒い男も最後の力をふり絞った。

剣を持ったヨナタンの周囲に、無数の斬撃武器が具現化。そして、それら全てが、音に近い速さで迫る。

「わずらわしいわ!」

どおんという轟音とともに、館の天井を巨大な火柱が突き抜けた。

がらがらと音を立てて階層が崩れる。

「くはあ!」

気付くと、両手両足を失った黒装束の男は、館の庭の地面にうつ伏せで転がっていた。


「く、くそう……」

剣を持った男が、そのうつ伏せの男をごろんと仰向けにした。

「このルッジエロが……、再びこのような情けない姿に……。一万人規模の軍団ですら壊滅する力を持ったわれら刺客部隊を、なぜおまえたちは撃退できるのだ?」

剣を濃い紫色の鞘に戻したヨナタン、

「まずは格を合わせよ、格が違えば勝てる道理はない……」

だが、と続けた。

「格を合わせたところで、地獄で八万年を過ごし、地獄の兵法を身に付けたわれにかてるとは思えんが……クス、クスクス……」

そこで男は地獄の笑みを浮かべ、しばし嘲笑した。


そして、

「ふつか、三日すればマナが戻る。そなたの手足も生えてこよう……」

と、男があくびをしかけたとき、

「ちょっと!?」

マルーシャがやってきた。階下から侵入した他の刺客たちも撃退されたようだが、少しお怒りのようだ。

「ちょっとあんた!? どうしてくれんの!?」

「敵の主力はすでに片付けた……」

手に紫鞘の剣を持った男は眠そうに大あくびをした。

「好きな雑貨もいっぱい置いてあったのよ、サイクロプスの襲撃にも生き残ったのに……、あんたが壊してどうすんの!?」

そのマルーシャ姫の言葉を無視して、男が座り込んだ。


「ほう、今宵は巨人の嘆きがよい子守唄と……」

「ちょ、ちょっと、ちゃんとわたしの目を見なさい! この館を元に戻すのよ!」

だが、その胸倉を掴んだ時には、男はすでに眠りの域にいた。


 いっぽうこちらはアイヒホルン城。

東門を攻撃され、それをなんとか撃退したアイヒホルン城の守備軍。しかし、その後も北門、南門、西門と、各門を順次攻撃されていた。


そして、からくも相手を退却させたのち、ユリアン・リーゼンフェルト将軍が城内で演説を行っていた。その横には、トム・マーレイ少尉。

「このように、われわれの城はもはや落城寸前である!」

厳しい表情で、守備兵、そしてそれを取り囲む住民たちをゆっくり眺めまわす将軍。

「だが、凶暴な首都軍に負けるわけにはいかない! われわれは、侵略者を撃退し、かならず勝つ!」

広場は静まりかえっている。

「わたしはそう思うのだが、それとも、ここは大人しく降伏すべきか? 敵騎兵に好きなように蹂躙され、身内を殺されて、それでも敵に頭をさげるべきか!?」

そんなことはない、それは違う、という声があがった。


「では、ともに戦おう! われらは、ひとつだ!」

大きな歓声があがり拍手が沸き起こり、将軍の名が連呼される。

しばらくその歓声に手をあげて答える将軍。

やがて、広場を去って周囲が軍人だけになったときに、将軍はトム少尉に言った。

「実際は、まだ城は落城寸前、というほどでもない」

「今のところうまく敵軍を追い返せていますが……」

「だが、守る側の心がひとつにならなければ、どんな堅城も容易く落ちる」

二人は、本丸内の作戦会議室に戻っていった。

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