第27話 恐怖の刺客
夜の空気が戦慄の振動数を帯び始めていた。
「フォーメーション!」
刺客たちが戦闘に入るために陣形を作る。
「ギルバート! 敵の数を探って!」
マリーが叫び、
「わかった!」
ギルバートの姿が消える。
「館の外で迎え撃つわよ!」
というマリーの言葉に、おうと答えるヨナタンと金色の鎧のゴシュ。マルーシャはどこにいったのか、姿が見えない。
「はいやーっ!」
ヒスイはすでに館の外に走り出して、青い肌のひとつ目の巨人を前にして跳躍した。まるでワイヤーか何かで吊り上げられたかのように、両手を広げて人間技ではない高さに飛び上がった。
「対巨人、金剛大剣!」
回転しながら巨人に向かって落下するヒスイ。ステッキの先に剣が具現化するが、
「がちんっ!」
金属同士がぶつかり合うような音、巨大な剣が、巨人の持つ大木と巨人の肩に食い込んだ。しかし、
「受けきった!?」
地上に転がって、やや呆然とするヒスイ。ドレイクにも通用した斬撃が通らなかった。巨人は肩の切り傷から濃緑色の液体を噴き出しながらも、ひるんだ様子はない。
「ヒスイ殿! こやつはわたしに任せて、ほかの者を!」
ゴシュが、大きな盾を構えて巨人の前に立った。
「わ、わかったわ……」
ヒスイが気持ちを切り替えるように瞳に力を込め、あらためて周囲を見渡した。
ゴシュのうしろ五、六メートルほどのところに位置取りしたマリー、周囲を警戒しているとギルバートが転がってきた。
「三時の方向から巨人、一時の方向から四人組が二隊、五時の方向から同じく四人組が二隊!」
ギルバートが告げ、すでにそれら刺客部隊がマリーの見える範囲にも姿を現わしていた。
「わかったわ、あなたは敵の隙を突いて!」
了解と叫んでギルバートが茂みに姿を消した。
そのとき、ゴシュのよく通る声が戦場に響き渡った。
「ほうらごらん、世界はこんなに美しい」
ゴシュは黄金の鎧に黄金の兜、その兜は、顔の前面を覆う顔あてと呼ばれる部分が簡単にかしゃんと上部に持ち上がる構造のようだ。
「わたしは世界の中心、そして、わたしは美しい……」
かしゃんと顔あてを上げて挑発するゴシュ、巨人は足を止めた。
「ほわあー!」
巨人が吠えて、その直後に巨木がどおんと地面を叩いた。
「わたしはここだ」
ゴシュは避けていた。
「かしゃん。敵の諸君、ただひたすらに美を追い求めよ……」
巨人が再び大木を振りかぶった。自然と、刺客の中央付近二隊もそこに吸い寄せられる。
そして、冷静になったヒスイ。
左サイドから接近する刺客の一隊に正対した。
「突っ込め!」
ひし形の陣形で突っ込んでくる四人の刺客たち、
「盾役を先頭に、左に長槍、右に弓、うしろは魔法使いか……」
相手の戦力を見極めながらも、ヒスイは敵盾役の正面にまわる。真っ向勝負だ。
敵の長槍の突きと矢を同時に最小限の動きで避けつつ、上段からステッキを振り下ろすフェイント、盾役が盾を不用意に持ち上げた瞬間、
「とぅー!」
ヒスイの中段前蹴りが、盾役のみぞおちに入った。うしろへ吹っ飛んでころがる盾役。
「スクエアを保て!」
盾役が吹っ飛んだのに合わせて後退する敵たち、
苦しそうに立ち上がった盾役、フォーメーションを整えてもう一度ヒスイに向かってくる。
一瞬右に踏み出したヒスイ、そのまま体を時計回りに回転させ、
「えいや!」
蹴り上げるかたちの右足による後ろ回し蹴りに、そのまま右方へふらふらとバランスを崩しながら転がっていく盾役。
「立て直せ!」
再び四角にフォーメーションを戻そうとする相手長槍の、足元方向にステッキをふるヒスイ。
「おわ!」
ステッキの先から長槍よりも長い鉄の棒が現れ、足元をすくう。
「大往生!」
転がった長槍の男にすっと足を進め、ひざを落としてごきっと腕を瞬時に極めるヒスイ。
そのまま、流れるような動作で盾役、そして弓使いの腕や肩をごきっごきっと極める。
「ひいっ」
最後には、呪文を詠唱しようとしていた魔法使いを足払いで転がして、足首を極めた。
「ううっ」
「いてて……」
肩や腕や足首を押さえて痛そうに呻く四人、
「大丈夫、死にやしないよ。少し関節を外しただけだから……」
そう言いつつ、目を細めて周囲の状況を瞬時に見極めようとするヒスイ。
右サイドから迫る刺客の一隊四人に対し、マリーを守るかたちで前に出たヨナタン。
「さあこい!」
と盾と短槍を構えるが、やや腰が引けている。
巨人と敵二隊をゴシュが引き付けている間、こっちをなんとかしたい、とマリーも身構えた。
「突っ込め!」
ヨナタンが逃げ腰なのを確認して、敵四人が四角いフォーメーションを組んで突っ込んできた、そのとき、
「バシバシ!」
敵の周囲地面が白色化していく、
「なんだ!?」
「凍結呪文か!?」
四人が足を止められ、混乱しはじめた。
「ほら、かかってこいよ!」
それを見て、ヨナタンが少し前に出て挑発をかける。
「なぬう……」
四人がフォーメーションを維持しつつまた迫ろうとすると、周囲が再びバシバシと白色化して凍り付く。
「どこだ!?」
「術者を探せ!」
ふたたび混乱する敵たち、しかし、徐々に時間稼ぎだと判断したのか、
「回り込め!」
一人を回り込ませる動き。だが、
「ほわあ!」
回り込んだ剣士がマリーの前でひっくり返った。手も触れていないのに。
「さがれ! スクエアを組みなおせ!」
いったんさがった敵四人。
しかし、マリーも状況の打開を考えるのに苦慮していた。
「あのでかいの……、さっきヒスイの斬撃を耐えていたわ。どうしたものかしら……」
そして、こちらは同時刻帯のアイヒホルン城。
城の東門付近で揉め事が起きていた。
「城門付近からただちに退去せよ!」
五、六人の城兵が呼びかけているが、
「ここはおれたちの商売の場所だ!」
城門周囲で出店を広げたままで、門を閉めることができない。
城内の人影は、攻城戦があるかもしれないということでふだんよりまばらだが、城門周辺の揉め事を聞きつけて見物人もかなりいた。
「こんなことしてて……、本当に大丈夫なのかい?」
「なんでも、反籠城戦派の連中らしいよ、ああして、城の守備を邪魔しているとか……」
「へえ、こんなところを攻められたら、たまったもんじゃないね」
見物人たちがひそひそと話しているところへ、
「敵の攻撃が始まったぞ! 住民はただちに避難せよ!」
城兵の呼びかけがはじまった。
「わあっ!」
「逃げろ!」
慌てて逃げ散る見物人たち。
しかし、城門周辺の揉め事は続いており、そこへ敵の騎馬隊が城外より迫る。
その数、千騎。
「来たぞ!」
「退避!」
城兵たちが走り出し、
そして一気に騎馬隊の先頭が開いたままの城門を駆け抜けた。そのまま続々と駆け抜ける首都騎馬軍団、千騎あまり。
「うわあ!」
逃げ遅れた住人のひとりに、騎馬武者が剣を振り下ろし、住人が転がって動かなくなる。
「きゃあ!」
別の住人は、弓騎兵に背中を撃たれてうつぶせに倒れ込む。
「火を放て!」
騎馬隊は街中を駆け抜けながら、次々と火矢をはなち、そこかしこから火が燃え上がる。
「進め、すすめー!」
騎馬隊長の指示の声が城内に響き渡る。
しかし、ある程度城内を進んだところで、各所に馬止の柵などが設置されている。
「城内はかなり固められています! これ以上進めません!」
副隊長が隊長に告げた。
「ええい、方向転換しろ!」
城の各所にある高矢倉から、多数の矢が飛んで来始めた。
「弓兵がかなりいます!」
「ええい!」
騎馬隊長がいったん撤退を考えたところで、連絡騎兵が寄ってきた。
「別門から敵兵がこの東門へ寄せています!」
つまり、このままでは挟撃を受ける。
「ええい! 火災で損害は与えた、いったん引くぞ!」
首都軍騎馬隊は、入ってきた東門から順次城外へ引いていった。
そのすぐあとに、城内各所から城兵が沸いてきた。
「消火活動開始!」
手際よく、消火活動が開始されていく。炎に水が掛けられ、延焼を防ぐために隣家が取り壊される。
「負傷者を手当てしろ!」
東門が閉められ、将兵たちが集まってくる。
東門入ってすぐの広場には、ユリアン・リーゼンフェルト将軍もやってきた。どこかに隠れていた見物人たちも顔をのぞかせる。
「なんと……」
リーゼンフェルト将軍は、広場のござに並べられた遺体の前に跪いた。
「……」
涙ぐんで、祈りをささげる将軍。そして、立ち上がった。
「見よ! 首都軍の横暴を!」
そこでいったん言葉につまった。眉間のあたりを押さえる。
「わたしはけしてこの暴挙を許さない。たとえこの身が滅びようと、教国で出世ができなくとも、このアイヒホルンを侵略者に蹂躙させるわけにはいかない!」
「おお」
「将軍!」
「みなも、力を貸してくれ!」
どこからか、さらに住人があふれ出てきた。
「将軍!」
「そのとおりだ!」
「弔い合戦だ!」
次々と住人の間からも叫び声があがる。取り壊された民家の木材が広場に集められ、火が焚かれ始める。
東門は、その夜遅くまで沸きかえっていた。
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