第29話 篭城アルティメット

 深夜、


館が破壊されてしまったため、しかたなくアイヒホルン城に向かったマルーシャたち。なんとか城内に入れてもらい、一夜を明かすことができた。


その翌朝、

城の中央広場では、軍の呼びかけで集まった住民から感嘆の声が漏れた。

「おお」

「なんと」

「おお、マルーシャ姫だ」

姫が住民に手を振って答えつつ、

「わたしが来たからには、もう安心です。敵は必ず、撤退することになるでしょう」

マルーシャは、短時間睡眠であくびが出ないよう気をつけながら、城の中央広場で演説を行い、そのまま軍施設内の作戦会議室のひとつに向かった。


「住民を安堵させたものの、このあとどうしようかしら……」

マルーシャがトム・マーレイ少尉、ユリアン・リーゼンフェルト将軍とともに部屋に入る。

すでに養育係のマリーとギルバート、従者のヨナタン、家庭教師のヒスイ、そして防衛ギルドのゴシュ、それら主要なメンバーがそれほど広くない作戦会議室に待機していた。

「状況はどうだ?」

将軍がトムに説明を促す。壁に貼られた大きなふたつの地図を前にトムが、

「敵軍は急速に兵力を増しています。偵察部隊と城内からの監視によると攻城兵器も続々と到着しています……」

ローレシア大陸の地図上で、首都ビヨルリンシティと現在地点のアイヒホルンの位置を指で示した。


「さらに敵軍は、アイヒホルン城の北、コルドゥラ山脈の裾野の丘を占拠しました」

大陸地図の横、城周辺の地図上で、その位置を指し示す。

「つまり……」

「つまり、おそらくそこに移動遠隔攻城兵器を設置する狙いがあると思われます」

「大砲か……」

誰かが呟いた。

「それは、いつごろ設置が完了すると予想する?」

と将軍。

「おそらくですが、今日の夕方ごろには」

「ふむ、するとそこから砲撃開始か」

将軍が懐中から時計を取り出して、あとどれぐらい時間があるのか確かめるように目を細くした。


「大砲の玉を撃ち込まれたら、もうこのお城も終わりなのかしら」

マルーシャが不安な表情で呟いた。その言葉をトム少尉が拾って、

「いえ、本丸は、つまり我々がいるこの軍中央施設は、遠隔攻城兵器による砲撃にも耐えられます」

「そんなに頑丈に作ってあるの?」

と聞いたのはヒスイ。

「いえ、この本丸の三階以上は、五層あって居住も可能ですが、ある意味でハリボテです」

トム少尉がヒスイににっこり笑って、二階以下から地階が施設の本体です、と説明した。

「だけど、守ってばかりでもだめだよね……」

とマルーシャ姫。


「長期戦で砲撃を継続されると、軍施設が攻撃に耐えられたとしても、また反篭城戦派がうるさくなりそうだな」

と将軍。

「はい、民家や民間施設を狙われると、住民の戦意に影響すると思われます」

「城門や城壁を狙われるとどうだ?」

その将軍の問いに、トム少尉が城の北門付近を指し示した。

「狙われるとすると北門とその周囲の城壁ですが、攻城兵器の設置される予想台数から、もって明日の朝までかと」

その答えに、将軍もあごに手をあてて考え込んだ。

「さすがに城門を破られると厳しいな……。それまでに何か打開策が必要か」

ギルバート、ヨナタン、ゴシュの男性三人も腕を組んでうつむいて深く考え込んでいるように見えるが、眠っているようにも見える。


「なにか打開策か……」

マルーシャも椅子の背もたれに伸びをして、天井を見る。

しかし、何も出てこない。

「城から討って出れないのかな?」

好戦的な気分なのか、左右の肩を順に上下に動かしながら聞いたのはヒスイ。

「そうですね……」

とトム。

「城から討って出る場合ですが、外の兵力と呼応する、というのが兵法のセオリーです。今回のアイヒホルン城は教国内で孤立していますので……」

「周辺都市と連携して防衛する、というのは今後の課題だな。まあ、今回生き残れば、の話だが。ふっ」

と将軍が笑ったが、マルーシャはあまり笑えなかった。


「あ、あれはどうなの?」

マリーが突然言った。マルーシャとヒスイが、あなたいたの、とそちらを見る。平民服にノーメイクのマリーは、小太りの中年女性で特徴がないので存在感がなくなるのだ。

「マルーシャ姫のアルティメット」

その言葉で、マルーシャに注目が集まった。

「そうね……」

絶対の自信があるわけではないが、今はそれしかなさそうだ。

「でも、できれば、マナのサポートも欲しいわね」

「それは手配してくれ」

将軍の指示に、トム少尉がうなずく。

「だけど、駄目だった場合は何か次のプランがあるかしら」

マルーシャは、できれば自分のアルティメット以外にも打開策がほしかった。

「うむ……」

答えたのは将軍。


「今各所に人を送って調べさせているんだが、どうも敵軍は教皇の軍令を持っていない。大将軍の権限のみで動いている」

「つまり、まだ大義名分はこっちにあるということ?」

とマルーシャ。

「そのとおり。だから、首都の教皇に直接働きかけるか、周辺の都市に働きかけて応援を求めることも視野に入れたい」

その後、さらに今後の詳細が詰められた。


軍は、マルーシャのアルティメット魔法が機能しなかった場合の対策もしっかり考えてくれているようだったが、それは時間のかかる忍耐の必要なものに見えた。


 その後、

城内の中央広場に、軍や市民の魔法経験者が集められた。昼頃には簡易の魔法陣がペイントで描かれ、魔法経験者の円陣が組まれて祈りが始まった。

そして数時間、夕方前にマルーシャが姿をあらわした。

「即席の祈りだけど、無いよりはましね……」

円陣を組んで祈る人々や魔法陣を見て呟く。

「さあ、みなさん、ここにわたしが奇跡を起こします……」

魔法陣の中央部に立ったマルーシャ。北の方角に向き直す。周囲では、祈りの声が一層高まった。見物の住民もたくさん集まってきた。

手に持った大きな屍道書を開き、アルティメットのページを探す。

「これね」

大きく深呼吸して、大気のエネルギーを吸い込むイメージをする。


「アー、ウー、ムー、冥界神ニュンケに帰依し、究極の奇跡に感謝する……」

注目がさらに集まる。

「超屍体召喚! 侵略者を退けるのです!」

マルーシャが天に向かって両手を掲げた。

それにつられて、住民たちがいっせいに空を見上げた。

「ほう……」

「むむ……」

その日の空は薄曇りで、とくに何の反応もない。突然日が差し込むわけでもない。

「いえ、大丈夫です……」

マルーシャは気丈に表情を作った。

「これはこういうものです。敵は……、敵は必ず退散します!」

詠唱後に空が光るとか、何か派手でわかりやすい演出効果があるといいのだけれど、と強く思いながら、住民の視線を一身に受けつつ広場をあとにするマルーシャ。

住民たちは、徐々に解散していった。


 ここは、

マルーシャがアルティメットを詠唱した直後のアイヒホルン城の北にある丘。その丘から徐々に北西方向へ標高があがっていき、コルドゥラ山脈へとつながっていく。

「移動遠隔攻城兵器、五基の設置が完了しました!」

ひとりの兵士が指揮官らしき人物に報告した。


「よし! 砲撃開始の合図を待て!」

指揮官はすぐに連絡騎兵を呼び寄せて、アイヒホルン城の西にある首都軍本陣へ向かわせた。

そのころから、なにやら地響きのようなものが鳴り出した。

「?」

指揮官も、しかし気にするほどではない、と一旦判断したが、

「ごごごご」

次第に尋常ではない音になり、細かい揺れも起き出した。

「なんだ?」

兵士のひとりに尋ねる。

「地震と思われます!」

ひとりが答えたとき、


移動遠隔攻城兵器が設置された、さらに背後の丘の地面が、生えている木ごとぼごっと持ち上がった。

「なんだあ!?」

みるみる、地面ごと持ち上がっていく。揺れもさらに酷くなる。

「なんだあこれは……」

「わあ!」

呆気にとられてただ見上げる者、悲鳴を上げて走り出す者。

「ぎゃあーすー!」

長大な多数の足で数十メートルの高さに持ち上がったそれは、巨大なハサミで移動攻城兵器のひとつをがちんと挟み込んだ。

その様子が、アイヒホルン城の西にある本陣からも見えていた。


「おい! なんだあれは!」

堕落将軍、アブラーモ・ボッコリーニ大将が、周囲の誰彼かまわず問い詰める。

「ひいっ、おそらく、蟹の化け物です!」

胸ぐらをつかまれたひとりが見たままを叫ぶ。

「わが軍の攻城兵器を、く、食っています!」

ボッコリーニはその者を突き放し、舌打ちした。

「食ってるだと!?」

確かに、遠目にそのモンスターは自身の巨大なハサミで何か掴んでは体近くに持ってくる動作。

「こ、こっちへ向かってきています!」

副官のひとりが叫んだ。

「な、なんだとー!?」

そのモンスターの接近を確認することもなく、周囲をぐるぐる見渡した。


「て、て、ててててて、撤退だー!」

ボッコリーニが慌てて身の回りのものをかき集め出した。

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