第33話 復活の奇跡
のんびりした日々を過ごしていた。
ぐっすり眠って、遅めの朝ごはんを食べて、神殿でお祈りをして、ぼーっとして、遅めの昼ご飯を食べて、神殿でお祈りをして、昼寝してぼーっとしておやつを食べて、早めの晩ご飯を食べて、お風呂に入って早めに寝る。
「遅く起きて早く寝る」
ここに来て、そんな生活が一週間続いていたある朝。
「おはよう」
だいぶお昼に近い時間に起きてきて、またダイニングに向かう。朝食がすでに用意されていて、椅子に座ると全てが自動的に出てくる。
ヨエルも寝ぐせの頭をかきながら起きてきた。
「おはようマルヴィナ。おはようサネルマ」
ヨエルも大あくびをしながら席に座る。
「いい天気ですね」
食事のしたくを終えて、サネルマも席に座った。ここのところずっと天気が良くて、サネルマの第一声も毎回同じだった。
「そういえば、サネルマってお兄さんがいたよね。元気にしているのかしら」
ひととおり食べ終えたマルヴィナが聞いた。
「ええ、最近は、なんでも要人の警護をしていたとか……」
危険な目にあっていないか、とても心配です、とサネルマ。
「へえ、そうなんだ。ちなみに、お兄さんはなんて名前なの」
特にやることもなくて、興味もないけど暇だから聞くマルヴィナ。
「兄はゴッシー家の長男、ゴシュ・ゴッシーといいますのよ」
そこでヨエルが口に含んだスープをぶーっと吐き出した。
「ゴシュ・ゴッシー!?」
マルヴィナが聞き返す。
「ええ、ゴシュ・ゴッシーですが?」
それが何か、と逆に聞き返すサネルマ。そこに、神官のヘンリクが入ってきた。
「やあみなさんおはよう」
ヘンリクが席に座り、サネルマが朝のおやつとお茶を出す。
そこで、マルヴィナが前から気になっていたことを聞いた。
「そこの暖炉の上のきらきらした髪飾りは何かしら」
「ああ、黄金のティアラですね」
いったんお茶を飲み干したヘンリク。
「聖油がついて汚れるといけないのでここに飾っているのです」
「聖油?」
と聞き返されて、ヘンリクがしまったという顔で口を塞いだ。
「い、今のは忘れてください……」
「え? どういうこと?」
いぶかしげな表情になるマルヴィナだったが、ヘンリクが頑なに話そうとしないのであきらめた。
その後、神殿で午後の祈りの時間。
いつもと同じように服装を正して神殿ホール内の一番前の席に座り、ヘンリクが説教台に立ち、四人で祈りを終えたあと、マルヴィナが立ち上がった瞬間だった。
「よっこらしょ」
今日の午後もどうやってボーっとしようかなと思って立ち上がったマルヴィナ。その右手の指から、蝶の翅のかたちの指輪がすっと落ちた。サイズもちょうどよくてしっかり指にはまっていたのに、その時なぜか落ちたのだ。
「あら……」
指輪は神殿ホールの床に落ちて、ころりんころりんと転がっていく。
「あら、待って……」
マルヴィナが追いかけて行くが、指輪はそのままカランコロンと音を立てて消えてしまった。
「あら、指輪が無くなってしまったわ」
「まあたいへん」
サネルマもその様子に気づいた。指輪が消えたあたりに近づくと、
「隙間から地下室に落ちたかもしれません」
そう、この教会ホールには地下室があった。
と、ふと見るとそばで見ていたヘンリクの顔色が悪い。
「ヘンリク様……」
地下へ続く階段へは説教台をどけて木の台をどけて木の蓋を開ける必要がある。
「ヘンリク様、台をどけるのを手伝ってくださいまし」
ヘンリクは、顔色の悪いまま黙って手伝う。台をずらすと、
「わ、わたくしが取ってまいります」
これは神官の仕事ですので、みなさんはうえで待っていてください、と額に大汗をかきながらヘンリクが早口で言った。
何かあやしいが、とりあえずヘンリクに任せる三人。しばらくすると、
「あ、ありました……」
埃まみれになったヘンリクが地下からあがってきた。
マルヴィナに指輪を手渡す。
「ありがとう。ところで……」
マルヴィナが地下の階段の下を見ようとすると、ヘンリクがすっと体をそちらに寄せる。
「ところで……」
マルヴィナが逆側から見ようとすると、さらにヘンリクがすっとそちらに体を寄せる。
ついに、
「ヘンリク様……」
サネルマが怒った顔で言った。
ヘンリクは語った。
その場にへたりこんで、顔を覆いつつ、
ある夜、一人のぐったりして動かない人間を担いだ二人のニンジャの夫婦がやってきた。そのぐったりした人はすでに死んでおり、その死を隠してほしいと。
その夫婦から様々な秘密を聞き、黄金のティアラも手渡された。
サネルマは言った。
「ヘンリク様、わたくしは実は見てしまったのです。あなたが時々地下に降りてしばらくあがってこないのを」
ヘンリクはさらに語った。
わたくしは、けしてやましい気持ちなどありません。ただ純粋に、神聖な気持ちで、姫のお姿に祈りを捧げたかっただけです。
「姫!?」
そこでやっと、マルヴィナが色々と思い出した。
「そうだわ……、毎晩夢枕に黒いドレスの姫が立って、わらわを蘇らせろ、と……」
「え、それは誰なの?」
とヨエルが聞く。
「マルーシャ姫よ!」
さっそく四人で地下に降りていく。
地下では、
人の背丈ほどの大きさの桶が聖油で満たされ、そのなかにとても美しい女性がほとんど全裸で横たわっていた。聖油といっしょに漬けられたハーブの葉が、かろうじてその女性の大事な各部を隠していた。
「やっぱり……。その、この人を運んできたニンジャの夫婦の名前は?」
マルヴィナの問いにヘンリクが、
「た、たしか……、マキノだかマツノだか……」
「やっぱり……」
おそらく確実にマリーとギルバートだ。
「じゃあ、これはマルーシャ姫なの?」
とヨエル。
「間違いないわ。復活させましょう!」
そう言って詠唱を始めようとしたマルヴィナ、いったん止めた。
「ちょっと、ヘンリクとヨエル、あなたたちは上に行っていなさい。サネルマさん、何か体を包むものを」
元気よくサネルマが返事をして階段を駆け上がり、ヘンリクとヨエルが残念そうに渋々階段を上がっていく。
サネルマがタオルと白い布団カバーを持ってきたので、マルヴィナも詠唱に入った。
「アーウームー。我慈悲深き冥界神ニュンケに帰依し、我が眼前に起こりし奇跡に感謝する。復活してマルーシャ姫、屍体招魂!」
詠唱後に、そのまま目を閉じて祈り続ける。一分ほど経ったころ。
たぷん、と音がして、聖油の中の女性の手が動いた。聖油の池から手をのばす。
「やった!」
左右から手をとって、女性を抱き起こす。
「ざぱあ」
桶に立ち上がった女性。聖油をタオルで拭い、桶をまたいで出た。体に布団カバーの布を巻きつける。
「ごほっごほっ」
何かを喋ろうとして咳き込む女性。しばらく咳き込んだのち、
「お……」
「お?」
サネルマとマルヴィナが、必死に言葉を聞き取ろうとする。
「おう……」
「おう?」
「おう……ごんの……てぃあ……」
そこまで聞いて、
「ヘンリク様! 黄金のティアラをすぐに持ってきてくださるかしら!」
サネルマが階段の上に叫ぶ。
「ただちに!」
ヘンリクがただちに叫び返した。
ヘンリクが修道院のダイニングの暖炉のうえの黄金のティアラを持って帰ってくるころには、三人も地下から神殿ホールに上がってきていた。白い布団カバーをまとった女性はまだ目が開かないようで、手を引かれている。
「これを……」
ヘンリクが跪いて、まずその黄金のティアラをサネルマに渡した。
「ごくろう……」
女性は椅子に座り、サネルマがうしろからそっと女性の頭にティアラを載せた。
ティアラが一瞬きらりと光り、女性がぱっと目を見開いた。
「わらわは、マルーシャ姫。そなたたち、ご苦労であった!」
四人が勢いでその場にははっと平服する。
「ところで……」
姫が立ち上がり、その手をヘンリクとヨエルが左右からさっと取った。
「なんなりと」
「新鮮な屍体を二百体ほど、そして同じ数の衣装……」
「ははっ!」
と元気よく答えつつも、いきなりの難題にどうしたもんかと顔を見合わせるヘンリクとヨエルの二人。
ちょうどそこに、神殿の外で複数の馬のいななき。
「誰かいらしたわ」
五人で神殿の外に歩み出ると、
「まあ! お父様、それに、お兄様!」
六頭立ての豪華な馬車から降りてきたのは、大富豪のゴッシー氏、そして、金色の燕尾服を着たいつかの防衛ギルドのゴシュだった。
「おお、娘よ」
ゴッシー氏が満面の笑み。
「これはこれは、奇遇なところで、マルーシャ姫にヨナタン殿」
ゴシュがマルヴィナとヨエルに握手して、あなたたち兄妹だったのね、と返すマルヴィナ。
「ところで、こちらの方は?」
と布団カバーの高貴な女性に目を向ける。
「こちらは、マルーシャ姫よ」
「ほう、こちらもマルーシャ姫……」
はじめまして妃殿下、とゴシュは膝を落とし差し出された手の甲にキスをする。
「お父様……」
とサネルマ。
「わたくし、新鮮な屍体を二百体と、同じ数の衣装が欲しいのでございますわ」
ゴッシー氏が、むむっとした表情。
「あと、この大陸で最も美しい者が着る黒いドレスも……」
布団カバーのマルーシャ姫が付け加えた。
「むむむ、しかし、わが娘、そして姫の美しい二人の願いなら、しかたない。諸君、さらば!」
ゴッシー氏とゴシュがさっそく馬車に乗り込み、笑顔で去っていった。
「では、姫をお部屋に……」
物置小屋を空けましょう、とヘンリクとサネルマが急いで走っていった。
「ところでそなた……」
マルーシャ姫がマルヴィナに向き直った。
「今後のことは全て夢で話した通りであるが……」
「今後のこと?」
呆けた顔のマルヴィナ。
「ようし、わらわもこれから本気を出そうぞ、見ておれ!」
周囲が急に寒くなり、地面に霜が降りて雪の花が咲き始め、横で見ていたヨエルが思わず二の腕をさする。
「何か言ってたかな?」
意気衝天の姫に対し、完全に腑抜けた暮らしをしていて夢の中の話が完全に忘却の彼方のマルヴィナ。
何か思い出せないかと両手の人さし指を両頬にくっつけて考えてみた。
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