第23話 軍事衝突
ヨナタンが玄関から黒い館の中へ、
ダイニングでは、すでに人が集まっていた。
「ニュンケ神殿の老神官、ついに夜逃げしたらしい……」
すでにマルーシャ姫、養育係のマリーとギルバートがダイニングに集まっており、そこにもう一人話していたのは、
「大富豪のゴッシー氏?」
「やあ、おはようヨナタン」
少し顔をあげた四人だったが、
「かなり新興宗教ギルドから嫌がらせを受けていたそうな……」
また老神官の夜逃げした話に戻ったので、ヨナタンも椅子に腰掛けて話に加わる。
「それで、神殿はどうなったんだ?」
聞いたのはギルバート。
「もう後継者もいないから、いったん閉鎖されているよ。しかし、これでアイヒホルン市に冥界神ニュンケの神殿が無くなった。信者たちは他の町に行かないといけないが……」
「そうはいっても、他の市でも神殿の閉鎖が相次いでいるんでしょう?」
とマリー。
会話がいったん途切れたので、ヨナタンが手に持った新聞を思い出した。その話を始めようとして、ふと気になることを先に聞いた。
「今日はなんで朝からゴッシーさんがいらしたのかな?」
「実はね……」
ゴッシー氏が深刻な顔で話し始めた。
「つまり……、ゴッシー氏所有の工場で生産している青いマントが、その色が青すぎるということで独占禁止法違反だと訴えられていると……」
「そうなんだ。わたしも知り合いの弁護士ギルドに当たって相談しているんだが、その、訴えている安売ギルドの完全な言いがかりだ、とわたしも弁護士も判断している」
「だけど……」
「そう、訴えられているだけで時間や費用がかかるし、それに商品や工場の評判も落ちる」
「それを分かっていて、向こうは無理を承知でわざと訴えているんじゃないかしら」
いらいらした顔でマルーシャが言った。
「いったい……、なんでこんなことをしてくるんだ。せっかくアイヒホルンでうまくいっていたと思ったのに……」
ゴッシー氏も悔しそうな顔で握りこぶしを作った。
そこでヨナタン。
「そうだ、たいへんなニュースがあったんだよ」
と皆の前で新聞を広げた。
「なになに……」
「こ、これは……」
全員の表情がさらに曇った。
「汚職事件?」
「善良な議員の三人じゃないか」
「ついにやったのか……」
と口々に言いつつも、しっかり記事を読んでみよう、ということになった。
「まずこの写真……」
とマリー。
「記者の取材を三人が受けているけど、光の当たり方からして、相当悪いことをしている風な顔に見えるわ」
それに同意する他の四人。
「でも、実際は業務上チェスで書類送検よ、つまり、まだ罪状が決まったわけでもないし、違法性がほんとうにあるのか、はっきりしていないわね」
「つまり、これも濡れ衣ってこと?」
「そういう狙いがありそうね。知人友人であるわたしたちですら、悪い印象を受けたのだから、ほかの一般市民は、この三人がもうたくさん悪いことした、と思うかもしれない」
マリーの説明に、腕組みする他の四人。
「ふうむ……」
「立て続けに悪いことが起きるわね」
とマルーシャ。
「でも、どれも濡れ衣なんだから、ひとつひとつ晴らしていけばいいんじゃないかしら?」
この時点では簡単になんとかなる、と考えていた。
いっぽう、こちらは疑惑を受けた善良な三人の地方議員。
新聞を見た一般市民から通報されて、いったん近所の警察ギルドに拘留されていたが、具体的に何も法律に反するようなことはしていない、と訴えたところすぐに出してもらえた。
そしてそのあとすぐ、三人で軍の施設に訪れていた。
「善良な議員ギルドの三人が来たとトム・マーレイ少尉に伝えてほしい……」
ワルター・テデスコ議員が受け付けの兵士に伝えた。
「こちらへ……」
すぐに小部屋へ通された。
「トム・マーレイ少尉、入ります!」
トム少尉はすぐにやってきた。
ワルター、そしてオンドレイ・ズラタノフ議員、ヤーゴ・アルマグロ議員の三人とも、ふだんより小さな態度で椅子に縮こまっていた。
「ご三方、今日はどうされました?」
「実は……」
三人がかわるがわる説明を始めた。
「市民は仕事中にチェスやガーフをやるなとうるさいが、われわれにとってチェスやガーフは仕事のうちだ、それを違法だなどと訴えられると……」
「ガーフはわれわれにとて生きがいです! ガーフがしたい!」
「なぜ市民はわれわれ三人の熱意を理解してくれないのか」
「わ、わかりました、落ち着いて……」
若いトム少尉が三人をなだめつつ、
「とにかく落ち着いてください。実は今、軍にとんでもないニュースが来ています」
「とんでもないニュース?」
「そうです、首都軍がこのアイヒホルンに急行してきています」
「首都軍が!? このアイヒホルンに!?」
さすがの善良な議員三人も驚いた。
「ある情報筋から得たものです。そして、まだうえの人間、たとえば、市長、そしてマルーシャ姫にも話していません」
「な、なんだと……」
「で、われわれはどうするんだ?」
「なんで首都軍がここへ来るんだ?」
矢継ぎ早に三人が質問した。
「それはわたしが答えよう」
部屋にいきなり人物が入ってきた。
「ひとは常に余裕を持っていなければならない……」
大きな体に余裕の表情を浮かべた、
「おお、ユリアン・リーゼンフェルト将軍!」
「このアイヒホルン軍をまとめるユリアン・リーゼンフェルト将軍だ!」
「そのとおりだ!」
議員三人も興奮している。
「ではトム少尉、相手方の言い分を説明してくれ」
リーゼンフェルト将軍はトム少尉にうながした。
「はい……。彼らの要求は三つです。汚職した議員を取り締まること、違法な宗教の禁止、そして商業における独占の禁止です」
「な、なんだと! それではまるでわれわれが!」
「その通りです、落ち着いてください。われわれ軍が調べた限りでも、それらはすべて濡れ衣です。つまり、それらを口実に、軍権を寄こすように要求してきているのです」
「いったい、誰がこっちに向かっているんだ?」
「堕落将軍、アブラーモ・ボッコリーニ大将……」
「なんだと……」
そこで三人は絶句した。その将軍はいろいろ悪い噂が絶えないからだ。
「そ、それでリーゼンフェルト将軍、われわれアイヒホルンはどうするのだ?」
「ま、まさか……」
何か嫌なことを想像して顔が真っ青になる三人。
「まあお三方、落ち着きたまえ。われわれ軍は、けしてあなた方を首都軍に引き渡したり、あるいはアイヒホルン市民の前で裁かせたりはしない」
「ほっ」
将軍の言葉に、三人が一気に安堵の表情に。
「しかし、そんなことが可能なのか?」
ワルターがまた不安になって将軍に詰め寄る。
「まずは、いろいろと口実をつけて首都軍をアイヒホルンの中には入れないようにする」
将軍がトム少尉のほうを見て、トムも手配済みです、と答えた。
「もちろん、今回は急な話なので、軍の準備も充分ではないし……」
それに、と将軍が付け加えた。
「仮に攻城戦となった場合に、市民の心の準備もできていないだろう」
攻城戦、という言葉を聞いて、ぎょっとする議員三人。
「我々のためにそこまで……」
議員の三人が、涙目になって将軍の手を取った。
「いや、これはお三方のため、というわけではなく、アイヒホルンのためだ。簡単に首都の連中に好き勝手されるわけにはいかない。これは、負けられない戦いだ」
力強くいう将軍を、キラキラとした瞳で見つめる三人。
「だが……」
と将軍。
「もう少し準備の時間がほしい。そこでだ、お三方にぜひ協力してほしいのだが……」
という将軍の言葉に、なんでもします、と議員たち。
「とにかく、今は時間を稼ぐためにのらりくらりと相手の意図をかわしたい。幸い、相手側はこちらがすぐに折れてくると期待している。そこでだ……、軍権を現わす将印と宝剣、これをお三方で……」
将軍の声が極小になった。
そして、その説明が終わって完全に納得した議員三人。もういちど将軍の手を取りつつ、
この大役、我々三人にしかできません、と目を光らせた。
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