第24話 貢ぎ物

 アイヒホルンから南西に十キロ、


街道沿いの広い平野に、騎馬を中心とする軍隊、約二万騎が陣を張っていた。


「ぬうわっはっは、アイヒホルンの連中め、このアブラーモ・ボッコリーニ様がこんなに早く騎馬軍団を率いてくるなど、思いもよらんだろう、ぬわあはっは!」

アブラーモ・ボッコリーニ大将は脂肪の溜まった体が大きすぎて、本人は馬に乗れない。なので、豪馬四頭立ての戦車に乗ってきたのだ。

「ボッコリーニ閣下、アイヒホルンより軍使が到着しました」

仮設の陣屋の中で頑丈な折り畳み椅子に座る堕落将軍ボッコリーニ大将に、副官が告げた。


「な、なんだと!」

ボッコリーニ大将は少し驚きの表情を見せたが、そのあとすぐに片眉をあげて口の端で笑った。

「ふん、アイヒホルンはユリアン・リーゼンフェルト中将か、抜け目ない奴め。ふふふ、もう降伏の使者を送ってくるとは……、通せ!」

「はっ! ただいま!」

さっそく三人の者が入ってきた。

「ん?」

ボッコリーニが少し違和感を感じたのは、一見してその三人が軍人に見えなかったからだ。


「大将閣下、お初、お目にかかります……」

自己紹介を始めた。

「わたくしは、アイヒホルンの善良な地方議員、ワルター・テデスコ、そしてこちらが同じく地方議員、オンドレイ・ズラタノフ、そして最後がこちら、地方議員のヤーゴ・アルマグロでございます」

そういって、背が低く太った男、痩せてのっぽの男、中肉中背であまり特徴のない男の三人が慇懃に礼をした。

「ふむ……。お、おう、そなたたちか!」

ボッコリーニは思い出した。アイヒホルンで疑惑で捕まったとされる議員たちだ。

「閣下、さっそくですが……」

ワルターが揉み手をしながら、オンドレイに目くばせした。


「こちらをお持ちしました」

オンドレイが、手に提げたものを差し出す。

「何かな」

ボッコリーニはパチンと指をはじいて副官を呼んだ。

「これは、アイヒホルン名物のフローズン饅頭です。冷たいうちにぜひお召し上がりを……」

ボッコリーニは箱を手に取って眺め、そして副官に渡す。

「これは北の海で獲れる、北極魚のキャビアです。珍味ですので……」

ほう、と言ってボッコリーニはそのガラスの瓶を眺め、副官に渡した。


「これは、北の山脈で出土する、良質の青白銀でございます。少し重いですが……」

おう、気が利くな、と言ってその木箱の中をあらため、副官に渡す。

そうやって、北方名物熊の置き物、アイヒホルン織りのタオル、アイヒホルンの名水から作られた清酒、などなど珍味や特産品が積まれていくが、やおらボッコリーニが口を開いた。

「ところで、貴殿たちはわたしが本当にほしいものをご存じかな?」

ボッコリーニの言葉に、ワルターがはっと手を打った。

「これ、ヤーゴ、ここにお持ちしろ」

うしろに控えていたヤーゴ・アルマグロ議員がさっそく手に持ってきた。


「アイヒホルンの将印、そして宝剣でございます」

ヤーゴが慇懃に差し出す。

「ぐふふ、わかっておるではないか」

その二つをさっと手に取って、副官に渡して素早く何かを指示した。

「ところで……」

とボッコリーニ。

「ユリアン・リーゼンフェルト将軍はどうしておるかな?」

「そのことでございますが」

とすぐに答えるワルター。


「リーゼンフェルト将軍も真っ先にボッコリーニ大将閣下にご挨拶したいと申しておったのでございますが、われら三人に先に挨拶させてくれと我々から強くお願いしたのでございます」

「ふむ」

「そのかわり、リーゼンフェルト将軍には、急ぎで軍をまとめていただいております」

「ほほう」

ボッコリーニが、その意図を先読みして表情が和らいでいく。

「アイヒホルンには最低限の防備を残し、主力部隊はボッコリーニ大将閣下のあと追って、順次進発させますので……」

「よろしい!」

上出来だ、と言ってボッコリーニは立ち上がった。


「これで精強なアイヒホルン軍がわが手に……」

ボッコリーニはほくそ笑みながら、そのあとの栄達を思い描く。

「では、閣下、われわれは……」

ボッコリーニが数分の間ニヤニヤしていたので、ワルターが話しかけた。少しばつの悪そうな顔をしながら、

「うむ、そなたたちはご苦労であった、追って良いお達しが来るであろう!」

アイヒホルンの軍権さえ手に入れば、こんな小物たちなどどうでもよい。目障りなリーゼンフェルト将軍も、実力部隊を失って、そのうち左遷されるなり処分されるだろう。

アイヒホルンの善良な地方議員三人が、コソコソと幕舎を出て帰っていく。


「よし、引き上げだ!」

三人を見送ったのち、ボッコリーニは副官にそう告げた。


 いっぽうこちらは同じ日のヒルトラウト湖。


マルーシャ姫の住む黒い館に、連日のごとくニュースが舞い込んだ。

「じゃあ、方針としてはいったん相手の出方を見る、でいいのね?」

玄関ホールのソファで対策会議が続いていた。マリーが大きな黒板に、状況と対応などをチョークで書き込んでいる。

「本当に、首都軍が近くまで来てるの?」

マルーシャは早朝にその話を聞かされ、あらためて念押しした。

「ああ、わたしが見てきた」

早朝、館に来る前に、ギルバートが変装して様子を見てきたようだ。

「二万騎はいただろうな……」

そのまま準備不足で油断しているアイヒホルン城に突入されると、落城するかもしれない、とギルバート。


「で、でも、首都軍がいきなりそんなことするかしら?」

「率いているのが堕落将軍、アブラーモ・ボッコリーニ大将なんだ」

「アブラーモ……」

マルーシャも、首都で見かけたことはあるし、噂も聞いている。

「そんな大軍相手に、いったいどうするの?」

そう聞いたのはヨナタン。早朝から館に来ていた。前の日に、地元議員の汚職疑惑のニュースがあったばかりだ。

「わたしが軍と連絡をとっている限りでは、ユリアン・リーゼンフェルト将軍が何か策を考えているらしいわ」


「リーゼンフェルト将軍か……」

もともとアイヒホルン軍に所属していて、最近になって軍を統括することになった新任の将軍だ。優秀らしいが、実際の実力はマルーシャもあまりよく知らない。

「それで、最終的には籠城するつもりなのね?」

というマルーシャの問いに、マリーはこくりと頷いた。

「いったん時間を稼ぐけど、最終的には首都軍との衝突は避けられない……」

「じゃあ、わたしもアイヒホルン城に入ったほうがいいってことね」

この黒い館だって、首都軍本隊に囲まれたらひとたまりもない。おとなしく首都軍に捕まって、自分の身がどうなるかの保障はない。


「そう、そうなんだけど、時間を稼いでいるあいだ、首都側に籠城することを悟られたくないのよ」

「マルーシャ姫がアイヒホルン城に入ったとなると、その意図がバレるかも、ってことか」

ヨナタンがいったん伸びをしつつ後頭部に手をまわし、ソファにもたれた。

「だから、最初に言ったように、この館でギリギリまで耐えましょう」

と言いつつ、チョークで黒板をコツコツ叩くマリー。

「わかったわ、でも……」

館自体はそれなりに堅固だが、当然不安もある。


「そう、そうなると、館の防備を充分過ぎるほど固めたいから……」

防備と黒板に書いて、それに丸をするマリー。

「まずはギルバートとヨナタンにもこの館に寝泊まりしてもらう。そして、ヒスイにもここを護衛してもらうように依頼するわ」

なるほど、とマルーシャ。それは心強い。

「あと、防衛ギルドにも依頼した」

と言ったのはギルバート。

「防衛ギルド?」

「そう。なんでも凄腕らしいよ」

言いながら口ひげをしごく。


「明日の朝に一人でやってくるから」

「一人で?」

凄腕なのはいいが、一人と聞いてやや不安になるマルーシャ。

「ほら、館をあまりたくさんで守っていると、また変な疑いを掛けられるでしょう?」

マリーも補足する。

「うん、たしかにそうだけど……」

「わたしたちは少数精鋭よ。それに、いざとなったらアイヒホルン城、難攻不落の城にはいれば、なんの問題もないわ」

自信満々のマリーだが、


「アイヒホルンが難攻不落だったのって、もう何百年も前の話でしょ?」

歴史の教科書に載っていたような話だ。

「わたし、ワクワクしてきたわ」

というマリーとは逆に、


想像するごとにどんどん不安になっていくマルーシャだった。

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