第35話 似た者たち
グラネロ砦。
それは、もはや砦というよりも、城塞都市になろうとしていた。そして、高い城壁の周辺は、大きな木々が密生する広大で鬱蒼とした森になっていた。東西南北の各新門には、広い街道が繋がる。
「待て!」
マルヴィナとヨエル、そして西方騎馬民族五百騎を取り囲んだのは、おそらく千を越える武装した兵士、しかも、その装備は以前のような山賊に近いようなものではなく、国の正規軍を思わせるいかついものだった。
「わたしはグラネロ砦の防衛ギルド長、マルヴィナ・メイヤーだ」
マルヴィナがそう名乗ると、その軍の隊長らしき者が前に出てきた。
「二コラ?」
砦周辺を軽装歩兵で守っているとしたら、マルヴィナと同じバーナー島出身で、港町カタニアから来た二コラ・ニコロディのはずだ。
「よし、捕らえよ!」
「え!?」
その隊長は、確かに二コラに似て、背はそれほど高くなくたくましい体に長髪を後ろにまとめた精悍な顔つきだったのだが、声が男性だ。
「マルヴィナ、どうする?」
慌てるヨエル、西方騎馬民族五百騎たちもざわついている。
「たぶん何かの間違いよ。中に入って、たぶんモモやミシェルもいるから、このまま大人しく捕まって大丈夫よ」
「う、うん、わかった。そうしよう」
ヨエルも同じことを期待して、武器を捨てて大人しく砦へ連行される。西方騎馬隊は包囲されたままそこに残り、マルヴィナとヨエルだけが手首を縛られた状態で連れていかれた。
新しく造られている外周城壁はところどころまだ建築中のところがあるようだった。その外周城壁の門のあたりで、二人とも麻袋を被せられた。袋を被せられる前に、城壁内がちらりと見えたが、住居などもたくさん建築されているようだった。
「歩け!」
そのまましばらく歩かされる。
「よし、外せ!」
そこは、見覚えのある砦内の作戦会議室で、すでに多くの人間が集まっていた。
「モモ! ミシェル!」
思わず以前の仲間たちの名前を叫んだマルヴィナだったが、ようく見ると、
「え!? やっぱり違う……」
ヨエルもあたりを見渡しながら、不思議そうな顔だ。
白い法衣を着た、おかっぱ頭のモモに似た人物。太い体で金髪の、ミシェルに似た人物。砦の防衛隊長の、髭面のエンゾに似た人物。鎧を着た大きな体で長いひげの、グアン将軍に似た人物。赤い道着に赤髪の……、誰だっけ?
どれも、似ているけれど少し違う。
「マルーシャ姫の偽物を捕らえたようだな」
モモに似た人物が言った。声からすると女性だ。
「エンゾ? あなたエンゾでしょ? モモやミシェルや二コラはどこに行ったの?」
モモに似た人物の言葉を無視して、エンゾに似た人物に声を掛けたが、反応がない。やはり違うのか。しかし、ほんもののエンゾもたまにそういう態度を取る。
「城内に通知せよ」
モモに似た人物が誰かに命じ、
「では、この二人を独房に連れていけ」
マルヴィナとヨエルは、再び麻袋を被せられて砦内の二階にある牢屋へと連れていかれた。
牢屋の前で看守に手首の縄を解かれ、袋を外されて鉄格子の中に入れられた。ヨエルは隣のようだ。
「ここの住人はどうなったの?」
「住人? それはよくわかりませんが……。何か入用のものがあれば何でもいってください」
そう言って、看守は鉄格子の鍵を閉めてしまった。
簡素なベッドに座るマルヴィナ。そこは木の板に遮られてトイレがあり、その向こうには鉄格子の窓があって空が見えた。なんとなく、前に来たことがある感じだ。
「どうしよう……」
さっき、看守が何か入用のものがあれば何でも頼めと言ったような気がした。捕まっているのに何でも持ってきてくれるわけがない、と思いながらも、試しに頼んでみよう。
「あの」
「はい、なんでしょうか」
「わたし、喉がかわいたから、新鮮な果物のジュースとチーズケーキが欲しいんだけど……」
「はい、ただいまお持ちしますのでお待ちください」
なぜか要求が通った。しばらくして、看守がジュースとチーズケーキの載ったトレイを鉄格子の下から差し込む。
「えっと……」
さらに看守に頼んでみよう。
「ここから出ることって出来ないかしら?」
「そ、それはできません。それ以外であればなんなりと」
「そ、そうなんだ……」
さすがに出してはくれないらしい。
それから、特にやることもないので、他にも飲み物やスイーツ、そしてそれを載せる折り畳みの小さなテーブルを頼んだ。
隣の牢では、ヨエルが飲み物や食べ物だけでなく、持ち運び用の蓄音機を頼んだようで、音楽が聞こえてくる。
「いったい、どうなっているのかしら……」
お腹いっぱいになって、簡易ベッドに寝転んだ。
翌日、
昔、二コラが話していたことを思い出した。
「牢屋術で看守を買収したって言ってたわね。わたしもやってみようかしら」
とくにやることもなく、本でも頼んで読もうかとも思ったが、あまり乗り気がしない。看守も暇そうなので、我流の牢や術を試すことにした。
「あの」
「なんでしょうか」
看守がすぐやってきた。
「どうかしら?」
セクシーなポーズを取ってみる。胸元や太ももをちらりとさせつつにこりとしてみた。
「あの、なんでございましょう?」
あまり反応がない。
「おかしいな……」
いったん看守には戻ってもらう。
「そうか、お金がいるのか」
ポンと手を打って、看守を呼んでお金をいくらかくれるように頼んだ。すぐに持ってきてくれた。
「どうかしら?」
帰ろうとする看守を呼び止めて、そのお金を手で見せながら、セクシーなポーズをとる。
「えっと、なんでございましょう?」
だめだ。反応が悪い。
「そうだ、わたし、化粧してないわ」
すぐに看守に化粧品と鏡を頼んだ。そしてそれを受け取ると、鏡を見ながら綿密に化粧を施していく。
「これじゃあダメだわ」
最近はずっとほかの人にメイクをしてもらっていたからか、自分でやるのが下手になってしまった。テクニックを思い出しながら、時間をかけて化粧を施していく。
翌日の朝、
マルヴィナが満足のいく化粧とともに看守の前でセクシーなポーズをしていると、誰かが入ってきた。
「マルヴィナ!」
それは、間違いなく見覚えのある姿だ。
「モモ!」
白い法衣におかっぱ頭、少し体が大きくなった、錬金術師モモ・ナクラーダル本人だ。
「マルヴィナ、そしてヨエル君、すまない、理由があってね」
看守がすぐに鍵を開けた。
「もうみんな集まっている。すぐ行こう!」
作戦会議室に歩く間、見知った顔が見える。向こうも気づいて元気に挨拶してくる。
部屋に入ると、
「おお!」
「おお、ギルド長!」
「マルヴィナギルド長が戻られたぞ!」
部屋には見知った顔がたくさん。初めて見る顔もある。
「みんな元気そうね」
歓声に手を振って答えながら、モモ、ヨエルといっしょに部屋の前へ歩いていく。
「二コラ、ミシェル、エンゾ、それにエマド・ジャマル!」
当たり前だよ、と叫んで癖の強いヘアスタイルのエマドがハイタッチした。そのうしろから、赤い道着に赤毛の、
「えっと……コ、コル……」
「クルトだよ!」
ああそうだ、とその赤毛の差し出した手を握り返す。
「お待ちしておりました」
部屋の一番前には、青龍将軍グアンが立っていた。マルヴィナにお辞儀をして、握手してハグする。
「ギルド長が戻られた、これより作戦会議を行う!」
モモが宣言した。
「みんな、逞しくなって……」
以前よりも、体が一回り大きくなったように見えるのだ。
「マルヴィナ、君もだよ」
そう言ったのは二コラ。ミシェルもにっこり微笑んで、
「最近、建築作業が多くてね」
と腕をまくって力こぶを作ってみせた。それにみんなが大笑いする。
「今回の演技は、マルーシャ姫のアイデアなんだよ」
とモモ。
「マルーシャ姫の?」
「そう、この砦も住人が増えてね、今ではもう一万人を越えたよ。教国のスパイがたくさん入って来ていたから、それらの者を騙すためさ」
と、モモが一人の人物を指さした。
「あ!?」
その人物は、よく見ると血の気がない。にっこりひきつった会釈を返してきた。
「ニュンケ神殿にいたときに、最初に届いた棺桶のひとだよ!」
とヨエルも思い出したようだ。
「この方からマルーシャ姫の方針の詳細も聞いた。まずは状況を説明しよう」
部屋の前に大陸地図と砦周辺の地図が貼られ、それにモモが説明を加えていく。
「マルーシャ姫は、ついに教国を倒して、新しい国を建てる時が来た、と言っている」
すでにその話が浸透しているのか、皆が静かにうなずく。
「そのために、まずアイヒホルンに入ったマルーシャ姫が、謀略により敵首都軍主力をアイヒホルンへ釣り出す……」
大陸地図の首都とアイヒホルンを順に指でさすモモ。
「そのすきに、我らのギルド長マルヴィナが、首都を陥落させる」
そこで部屋の中で歓声があがり、マルヴィナも手を挙げて答えたが、具体的なイメージがまだぜんぜん浮かんでこない。
「しかし」
とモモ。
「実は、ゴンドワナ大陸の新興国アショフが、この機を狙っている。南から、海路を経てヤースケライネン教国へ侵攻してくる可能性がある」
さて、どうするか。
首都を陥落させて、なおかつ新興国の侵攻も防ぐ。それも、自分たちの力で。
「そんなに何でもかんでも都合よくいくのか」
話のスケールが、常軌を逸しているようにも思えた。
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