第14話 トタン屋根
その日の夜、
けっきょくマルーシャ、ヨナタン、ヒスイの三人は、ジュディス流民街に泊まることになった。
マルーシャは、リッリとサッリという双子の姉妹の家に来ていた。
「本当に、ごめんね」
「いいよいいのよ」
遅めの時間の質素な夕食を食べたあと、ベッドに入ったのだが、いつもはふたつのベッドを双子がひとつづつ使っているのを、マルーシャがひとつを占有させてもらい、残りのひとつを双子の二人で使うことになったのだ。
「わたしたち、昔はよくこうしてひとつのベッドで寝てたもんねえ」
ベッドの中で顔を見合わせて笑う双子の二人。こうしてみるとまるで幼女のように若く見えるが、二人ともときおり老女のように見えることもあり、年齢を知りたくても尋ねるのに躊躇する。
「でも、本当によかった……」
最悪の場合、どこかで野宿をするのかな、とも思っていた。
「雨がすごいね」
双子の一人が言った。
雨が屋根に当たる音。風が強いからだろうか、ザワザワと屋根を叩く音が波のように強くなったり弱くなったりする。
家は二か所雨漏りしていて、そのどちらにも小さなバケツを設置している。しかしそれ以外の、例えばマルーシャが潜り込んでいるおばあちゃんが使っていたようなニオイのする布団などは、布も乾燥していて快適だった。
「昔はこうして、よく宇宙の話をしたね」
灯りを消すと部屋は真っ暗で、目を凝らすと真っ暗な天井に星々が見える気がした。
「宇宙の話?」
ふたつのベッドはほぼ隣り合わせに並んでいるので、三人で横になっているようなものだ。
「そう、あの頃は、サッリがよく宇宙人と交信してたよね」
「そうだったかしら? リッリじゃなくて?」
「宇宙人?」
マルーシャも気になって尋ねた。
「そう、宇宙には、他の星からいろいろな知的生物がやってきている」
「へえ、そうなんだ」
あまりそんな話は聞いたことがない。
「わたしたちも、実はほかの星からやって来た宇宙人なんだよ」
「そうなの?」
それは初めて聞いた。
「わたしたちは、元々テラという星で暮らしていたんだよ」
「テラ?」
「そう、テラ。太古の昔、テラは悪い宇宙人に完全に支配されていた。でもある日、宇宙の絶対的存在が、そのあまりに酷い様子に耐えかねて、テラに次元上昇するように言ったの」
「絶対的存在? 次元上昇?」
いろいろとわからない言葉が出てくる。
「そう。テラは喜んで次元上昇したわ。そして、絶対的存在と協力しながら、悪い宇宙人たちを追い出した」
「テラって惑星のことよね? なんか、生きてるみたいな言い方だけど……」
「もちろんよ、惑星にも魂がある。この、わたしたちがいる惑星にもね」
「次元上昇するとどうなるのかしら?」
「あなたは屍道の使い手でしょ?」
そうよ、とマルーシャ。
「じゃあ、すぐわかるわね。人間も惑星も、次元上昇すると魔法が使えるようになるわ」
なるほど、とマルーシャ。
「でも、悪い宇宙人を追い出して、平和になったんだよね。なんでそこからわざわざやってきたんだろう……」
「そこね。惑星が次元上昇すると、同時に多くの人も次元上昇して、魔法が使えるようになる。だけど、次元上昇しなかったひともたくさんいた……」
「その人たちはどうなったの?」
「惑星が次元上昇してしまうと、次元上昇しなかった人たちはその惑星では暮らせなくなったの。だから、そういう人たちは、宇宙に家を作ってそこで暮らし始めた」
「へえ、そんなことができるんだ」
「そして、大変な苦労をして、ケンタウルスという星に移動したの。知ってる?」
「ええ、屍道書の魔法の歴史のところに、何かそんな風な星の名前が書いてあった気がする」
しかし、魔法も使えない人たちが、星の間を移動する。可能なのだろうか。
「そのケンタウルスの惑星でしばらく暮らしていると、やはり同じような流れで、惑星の次元上昇が起きた……」
「それで、次元上昇できなかった人たちが、この星にやってきたの?」
「そうよ、このシリウスにやってきた」
途方もない年月をかけて。
双子のもうひとりは、ずっと黙っている。寝たのかもしれない。
難しい話をして、マルーシャも眠くなってきた。誰も話さなくなり、ほとんど寝入りかけていたとき、
「マルーシャ! マルーシャ!」
ベッドのすぐ近くにあった小窓が開き、誰かが押し殺すような声で呼びかけてきた。
「え? 誰?」
半分寝ぼけながら、声に答えるマルーシャ。
「こっちよ!」
声と反対を向いていたようだ。目を向けると、小窓の向こうにフードをかぶったずぶ濡れの女性。
「わたしよ、マリーよ!」
「マリー!?」
すっかり目が覚めた。
「追っ手はほとんど片付けたわ……」
マリーはいったん周囲を確認するためか、顔を外した。
「あなたたちは、しばらくここに潜伏していて」
「わ、わかったわ」
「わたしは、あなたに変装して、アイヒホルンに帰る演技をするから……」
そう言い残すと、マリーは小窓を閉めてしまった。
マルーシャはすぐに目を閉じたが、マリーが本当に自分に変装できるのか心配で、三十分ほど眠れなかった。
いっぽうこちらはヨナタンとヒスイ。ジュディス流民街のリーダー、サレハ兄妹の家に泊まっていた。
「ベッドを使わせてもらって、申し訳ない……」
「いや、いいんだ、気にしないでくれ」
ヨナタンがベッドに寝て、サレハ兄妹の兄でジュディス流民街のリーダー、イスハーク・サレハは、床の上に毛布でくるまって寝ていた。
「そうだ」
いったん寝転がったイスハークだが、何かを思い出したかのように起き上がった。
そして、近くの箪笥を開ける。
箪笥の中に、羊の皮の袋、その中に、綺麗な木箱。その蓋を開けると、
「衣装?」
きれいな群青色のシャツと、黒光りする素材の長ズボンのようだ。
「そうだ。大事な武闘ダンスの試合用の衣装だ。みんなにお金を出し合ってもらって買ったやつなんだ」
そう言って、衣装の表裏を確認したあとに、もとあったように丁寧に折りたたんでいく。
「こういう雨の日はどうしても気になってね……」
箪笥のすぐ横が雨漏りしており、小さな器で雫を受けていた。
箪笥を閉めると、二人がまた横になった。ヨナタンは、雨音を聞きながら、なにかとても懐かしい気分になっていた。
「よく妹の知り合いが訪ねてきてね……」
イスハークが、ポツリポツリと語りだした。
「そういうときは、玄関で寝るように言われるんだ」
「なんだって!? それはひどい、玄関の内側で寝ろだなんて……」
「いや、玄関の外側だ」
「え、そんなことが……。たしかに、妹さんは友達が多そうだね」
「二回に一回は彼氏が来る」
口を開けたまま、言葉が出ないヨナタン。
「兄とは、辛いものだ」
そう言ったきり、沈黙するイスハーク。
そして、その隣の部屋で妹のリュドミーラとヒスイ。
大きなベッドで二人で横たわっていた。ヒスイの足は少しベッドからはみ出している。
「ふうん、なるほどねえ」
ヒスイが、これまでの経緯をリュドミーラから聞いていたようだ。
「たしかにそれは怪しいわね」
「でしょ? ここ最近はずっとそうよ。判定に持ち込まれたら、必ず向こうが勝つ……」
リュドミーラは、悔しそうに握りしめたこぶしを天井に向けた。
「だから、今回は戦法を変えようと思うの」
「というと?」
ヒスイが促す。
「今までは、イスハークとわたし、そして、流民街でもダンスのうまいペアの四人で出場していた」
「うん」
「それで、しっかり守りながら確実に勝つ戦い方をしていたわ」
「まあ、ふつうならそうするわね」
「でもこれからは……」
リュドミーラは人差し指と親指を立て、何かを狙うかのように人差し指のほうを天井に向けた。
「あえて隙を見せる!」
「なるほど、それで、マルーシャとヨナタンを採用するのね。隙を見せて誘い込んで、一本を狙う、か……」
納得しつつ顎をしゃくるヒスイ。
「二週間後の試合は、天覧試合だわ」
リュドミーラが厳しい目で遠くを見つめる。
「ほう、すると……」
ヒスイもわかったようだ。
「そうよ、優勝すると、教皇に謁見できる!」
「マルーシャが教皇に窮状を訴えることができる……、お互いの利害が一致するわけだ」
そこで、リュドミーラががばっと起き上がってヒスイのほうを向いた。
「あなた、ダンスを教えることはできないの?」
「できるよ、大往生流舞踏術にはなるけど……」
「やったあ! わたしたち兄妹は、ものすごいダンスの才能に恵まれていたけれど、指導者には恵まれていなかったの」
「大往生流は、最終的に開祖がダンスの技術を取り入れることで完成した。それは、美武一体、その真髄を究めれば、空前絶後の天下無双よ」
そのヒスイの言葉に、再び横たわって天井を見上げるリュドミーラ。
その目が、天井の向こうに何かを夢想して、輝きはじめた。
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