第39話 真の闇

 教居内部。


そこは、建物外部の外見の地味さとは真逆の世界だった。


「ささ、こちらへどうぞ」

腐敗大臣、ムフ・ブハーリンに案内されて階段を降りるごとに、その階の調度品が豪華になり、天井が高くなる。


「庶民が見える範囲は、控えめの内装にさせていただいております」

広く長い廊下に出た。マルヴィナがブハーリンの横を歩き、そのうしろからヒスイ、ゴシュ、ヨエル、そしてイスハークとリュドミーラのサレハ兄妹。

「おそらく、あなたがたは……、いえ、マルーシャ姫は誤解をされております」

広く長く天井の高い廊下には、歴代の教皇の彫像だろうか。どれも穏やかな顔をしており、空間全体が落ち着いている。


「そうなのかな」

「すべては、ヤースケライネン教国陸軍大将、アブラーモ・ボッコリーニ将軍の、行き過ぎた対応によるものです。われわれは、もとより争いを起こそうなどと考えておりません」

教皇に会っていただければ、それがよくわかります、とブハーリン。

「やっぱりそうなのかな」

自分たちが勝手に思い込みで相手を倒そうとしていた。わたしたちこそ野蛮な庶民。

「そう、ここはひとつ落ち着いて、ぜひゆっくりと話し合いましょう。こちらへどうぞ」

長い廊下の奥の大きな扉を開くと、そこには巨大な地下ホール。


ブハーリンとマルヴィナたち六人が入っていく。

「さあ、ご覧ください」

入ってすぐのところ、長いテーブルが並んでいて、そこに紙袋がずらり。

「お帰りの際は、すべてお持ち帰りいただきたく……」

ブハーリンが手で促し、

「へえ、なんだろう?」

六人がそれぞれ紙袋をのぞく。

「各種の超高級ブランド、鞄、靴、衣類、宝石、なんでもございます。サイズもすべて用意しておりますので」

「ふうむ」

サイズもあると聞いてヒスイもやや心を打たれている。


「すごい、いいやつだね……」

とは言いつつ、袋やその中の箱についているブランドのロゴは、マルヴィナがこれまで一度も見たことがないやつだ。

「ええ、一般には市販されておりません」

そのマルヴィナの心を見透かしたかのように、ブハーリンがそう付け加えた。粗野な庶民が一生関わることのないブランドのようだ。

「では、こちらへ」

広いホールには特上の折り畳み椅子がたくさん並んでいた。

「座ってお待ちになってください。わたしは準備してまいります。装備は邪魔でしょうから、いったんお預かりさせていただきましょう」

そういって、ブハーリンは自然な流れで手を差し出した。


ゴシュが武器のこん棒と大きな盾を渡し、ヨエルも小盾と短槍をブハーリンに渡した。マルヴィナは手ぶら。ヒスイのステッキは武器とは思わなかったようだ。サレハ兄妹の持っている筒はマントの下に隠れている。

「それではお待ちを……」

ブハーリンは、巨大ホールの正面の幕の向こうに消えていった。

六人で並んで椅子に座る。ヒスイはやや警戒しており、サレハ兄妹も神妙な面持ち。ゴシュとヨエルはすっかりリラックスしている。


「今回は意外とあっさり片付きそうね」

とマルヴィナが呟く。どのお土産をグラネロ砦に持って帰るか考えていると、いったんホールの照明が落ちた。

何かが始まりそうな雰囲気。

「ブー」

開演の合図だろうか、ブザーが鳴り響いた。

「それでは、五分後に公演を開始致します。トイレなどをお済ましください」

天井のほうから、さきほど幕の向こうに消えていったブハーリンの声だ。

「わたし、行ってくる……」

と言うマルヴィナに、あっちだね、とトイレのマークを指さすヒスイ。

いったんホールの側面扉を出て、トイレの看板通りに進む。そこは、今までみたことがないような豪華なトイレだった。一室がホテルの部屋ほどもあり、化粧台には大きな生け花。


そこで用を足して、またホールの席に戻ったマルヴィナ。左から、ヒスイ、マルヴィナ、サレハ兄妹、ヨエル、ゴシュの順で座っている。

「ブー」

再びブザーが鳴った。

照明が明るくなり、正面ではなく、ホールの左右にあった天井から下がっていた幕があがった。

その向こうに、天井に届くほどの高さの、青い肌の一つ目の巨人。つまり、左右に一体ずつの合計二体。

「やっぱり!」

ヒスイが叫んで立ち上がり、左右を睨んでどちらに対処するか一瞬迷う。


「ぶ、武器がない!」

ゴシュとヨエルが慌てだした。マルヴィナの姿はいつの間にか消え、サレハ兄弟はとっさに椅子の陰に隠れる。

「しゅっ!」

ヒスイが二段蹴りでゴシュとヨエルの尻を右に蹴りだし、自分は左の巨人を正面に捉えた。

「ふああー!」

「ふんぬー!」

それぞれ二体の巨人が巨大な鉄製に見えるこん棒を振り上げながら、一歩前に出てくる。

それと同時に、マルヴィナたちが入ってきたホールの入り口が開いた。


「親衛隊!?」

入り口から入ってくる白い装備の大勢を見て、ヒスイが叫んだ。だがそのとき、

「ぱあん」

という音が二度ほど響き、

「ぬおおおん!」

左右巨人がこん棒を振りかぶったまま、動きが止まった。

「よし!」

それを見たヒスイ、一瞬で判断してうしろから入ってきた親衛隊に向かって走る。ステッキから巨大な剣をいったん具現化したが、すぐに消してステッキでそのまま殴りかかった。

それに続くゴシュとヨエル。


「はあ!」

親衛隊の槍をひっつかんで、盾のうえから蹴りを入れるヒスイ、そのまま吹っ飛んで転がっていく親衛隊の一人。

その横で、ゴシュが槍を避けつつ体当たりで一人転がし、ヨエルが折り畳み椅子を盾にしながら別のひとりの槍の穂先を掴んで引き込んで転がした。

「こ、こいつら……、弱い!?」

ヨエルが驚いている。

「ワン、トゥー、スリー、フォー……。ワン、トゥー、スリー、フォー……」

その後ろから、親衛隊をひとりづつ狙い撃ちするイスハーク。撃ち込まれた者が、順々に麻痺して動けなくなる。


「ワン、トゥー、スリー、エァンドフォー、エァンドワン!」

同じように、左右から回り込んでこようとする親衛隊を狙い撃つリュドミーラ。カウントするごとに、親衛隊員が立ったまま動けなくなる。

巨人二体が痺れて動けず、うしろから襲ってきた親衛隊三百人ほどがヒスイとゴシュの体術とサレハ兄妹の豆鉄砲であらかた片付けられてしまったとき、

「ブー!」

正面の幕があがりはじめた。ステージの上に、豪華な椅子とそこに座る人物が見えてくる。


 いっぽう、

こちらはグラネロ砦の西門の前。そこに立っているのは、長い髭の青龍将軍、グアンだ。


「いでよ、木人!」

グアンが叫ぶと、砦の周囲に生えたたくさんの大木が、根を引っこ抜いて歩き始めた。

「二コラ殿の指示に従え!」

三千ほどの木人とともに、グラネロ砦から人間の部隊も出陣していく。二コラの部隊を先頭に、ミシェルの部隊、エンゾの本隊と続き、モモは砦の守備で見送っている。

「よし、あとは任せた!」

そう叫んだグアン。やや憔悴した表情で馬に飛び乗ると、砦の中を通ってこんどは南門へ。そのまま南門を抜けると、海へと馬を走らせた。

砂浜までたどり着くと、海の向こうでは確かに暗雲と稲妻が閃くのが見えた。


「よし、いくぞ……」

馬を降りて砂浜のうえでひとり構えるグアン。

「出でよ、海の藻屑たち、敵艦船を捕らえるのだ!」

そう叫んで拳を二本天に突き上げた。大音声とともにひときわ大きな稲光りが天に数回走った。

「よし……」

がくんと砂浜にひざを落としたグアン。

「少しやり過ぎたか……、だが、砦に帰ろう……」

激しいマナ消費のため、体が重い。バランスを崩してそのまま前のめりに砂浜に突っ伏しそうになったとき、

「がしっ」

グアンの前に回り込んで、体を受け止める者。

「な……、ク、クルト殿か……」

赤い道着に赤髪のクルトが、がっちりと受け止めていた。


そして、大きなグアンの体を背中にしょって歩き始める。

「す、すまない、拙者のごときを……」

当然だ、と答えてそのまま黙々と砂浜を砦に向かって歩くクルト。

「攻撃部隊はおれがいなくても大丈夫だ。将軍に何かあったら一大事だからな……。ほら、砦はすぐ近くだ」

額に汗をにじませながら、将軍を担いで歩き続ける。

その言葉を、朦朧とした頭で聞くグアン。


 その南の海上。

アショフ連合艦隊の一万隻が、巨大な嵐につかまっていた。

「方向転換して全速前進!」

旗艦では、下士官が叫んでいた。

「われわれの船速では問題ない、慌てるな、大丈夫だ!」

下士官が部下を落ち着かせる。


「ふふふ、この程度の嵐、少なくともこの旗艦は沈みませんよ」

でっぷりと太った連合艦隊司令長官は、自信満々の笑みで余裕だった。

「司令長官!」

下士官が、旗艦の監視塔から連絡を受けて青ざめた表情でやってきた。

「ほほほ、この程度の嵐で慌ててはいけません」

「巨大なコンブが巻き付いています!」

「ほほほ、そんなものは水炊きにして食べてしまいなさい」

「旗艦前面の転進用スクリューにもコンブが巻き付いて止まりました!」

「ほほほ、つまり、動けないと言っておるのかな? ほほ?」

艦橋が明らかに尋常じゃないレベルで左右に揺れだした。


「司令長官、救命ボートで脱出してください!」

下士官が叫びつつ司令長官の体を上下にジロジロ見て、これは乗れないだろうな、という顔をした。

「わ、わたしは泳げないからこの旗艦に乗っているのですよ……」

旗艦艦長の椅子にしがみついて離れたくない。

「このままでは、海の藻屑になります! わー!」

ひときわ大きな揺れが来て、同時に複数の落雷。


嵐はしばらく収まりそうになかった。

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