第37話 あの子を捜して/捜索依頼〈2〉

さて。荷物を下した僕と来海くみサンはまたまた顔を見合わせてニンマリした。

 まず来海さんが腰に手を置いて、改めてゆっくりと室内を見回す。

「姿を見せない依頼人の隠した手紙の場所について、あらたさんはどう思う?」

 ソファの前のコーヒーテーブルの上にトランプがケースに入れたまま置いてある。一番上のカードはスペードの5。向かい合う白いロイドチェアには楽譜の束。

 いかにも秘密の手紙が挟んでありそうだな。ちなみに楽譜は〈マリアーナ・マルティネスの協奏曲〉……

 窓際のコンソールテーブルには丸いガラスの水槽が置かれ、中に二匹、赤い金魚が泳いでいる。

 左の壁の前はすっきりしていてサイドボードだけ。

 但しサイドボードには銀色のシルクハット、ナバホのランチョンマット、玩具のトレーラーカーと木彫りのコヨーテの置物が並べてある。

 ドア側には家具はなかった。

 マントルピースに目を転じれば、青いゼラニウムとストック、黄色いアイリスを挿した古伊万里の花瓶、月が描かれた置き時計、三匹のコオロギが彫られた木箱、牡蠣の殻……

 そのすぐ上の壁に飾られているのは、ゴーギャンのあまりにも有名な名画〈我々は何処から来たのか、我々は何者か、我々は何処へ行くのか〉ではないか!

 題名は知らなくとも多分ほとんどの人がこの絵を一度は目にしているはず。

 タヒチの女性たちが赤ん坊から老婆まで数人描かれている大作で、過去・現在・未来を表していると言われている。モチロン、ここにあるのは複製画だ。

 しばらくその絵をじっと見ていた僕に背後から来海サンが声を掛けてきた。

「私、だいたい目星をつけたわ。新さんはどう?」

「うん、マントルピースには不似合いの牡蠣の殻――」

 僕は絵から視線を落とし、それを見た。

「というのは引っ掛けだな。そう思わせて、実際に手紙が入れてあるのは――」

 反り返ってピシッとそちらを指差す。

「私もそう思った! やっぱり、こっち・・・よね?」

 我が優秀なる相棒が歩み寄って手に取った物は、インクの瓶。

 そう、文鎮代わりに紙片の上に置いてあったアレだ。

 種明かしをしよう。

 思い出してほしい。この家の敷地に足を踏み入れた刹那、何故、僕たちが頷きあったか?

 門から玄関までの小径にあったもの。あれは全て著名なミステリ小説の再現だった!

 咲き乱れる春の花々……花壇を縁取る牡蠣の殻……

 だが、一番僕らの目を驚かせたものこそ、地面に埋められていた虹色に煌めく四角いガラスのモザイクだ。しかしてその正体は、逆さにしたインク瓶・・・・・・・・・なのだ。

 これは本篇には関わりの無い導入部での描写だから未読の人に明かしてもかまわないだろう。この逆さインク瓶で飾られた庭はホームズに匹敵する名探偵、法医学者探偵のジョン・ソーンダイクが活躍する作品オシリスの眼のオープニングに出て来るのだ。

 それにしても、こんなワクワクする謎を大真面目で準備する人がいるなんて、楽し過ぎるじゃないか。

 果たして、インク瓶の中には折り畳んだ手紙が入っていた。


〈 画材屋探偵様

  さっそくこの手紙を見つけてくださってありがとうございます。

  私の依頼は、あの子を見つけてほしいのです。

  どうか、あの子を捜してください。

  三年前、あの子は私のもとからいなくなりました。

  私は寂しくてたまりません。

  私なりに捜して、あの子を見かけた場所を明記します。

  捜索の参考になれば幸いです。

 

 :ゼラニウムの花瓶の傍

 :ピアノの傍

 :浜辺で痩せた女と :チェスをする人々と

 :塀の上で喧嘩

 :中華料理店 :モスクワのレストラン :仕立屋

 :子供と食卓に :商人の妻のティー・タイム :アルルの夜のカフェ

 :音楽のレッスンの場 :窓辺の少女たちと :少女と人形と

 :日曜日に :受胎告知


  しかしながら、今回の件で、

  お二人の貴重なお時間を過剰に浪費させるつもりは毛頭ございません。

  捜索期限は一日ということでお願いいたします。

  明日の午後三時。

  捜索の最終報告を聞くのに最適の場所で私は皆さまをお待ちしています。

  では、よろしくお願いいたします。

                       高林飛鳥たかばやしあすか 〉


 エレガントな応接間に来海サンの口笛が響き渡った。

「こんなに徹底して謎めかした依頼はないわよ! 肝心の〝誰を〟捜すのかも書かれていない上に、期限がたったの一日なんて」

「その一日を無駄にしたくない」

 身を翻して玄関に走りながら、僕は言った。

「画材屋へ帰ろう。そこで謎解きに専念するぞ!」


 ※《オシリスの眼》R・オースティン・フリーマン著/渕上痩平訳(ちくま文庫)

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