第13話 幻聴〈1〉
「あ、グループ展ですって! 見て行かない?」
いきなり僕の腕を引っ張って
今日、僕たちは〝意外〟な場所にいた。
広島市から新幹線で大阪へ。JR環状線で天王寺、そこから近鉄阿倍野に乗り換え
南河内郡
その緑深い丘の上、甲子園球場十個分の広大なキャンパスはおりしも学園祭の真っ最中だ。
そう、今回は画材屋探偵初めての出張調査である。
依頼人はこの大学に通う
そもそも紅川さんが兄と慕う
僕の片腕、頼もしき相棒・来海サンは即座に賛成した。
『そう言うことなら実地捜査が一番よ! 行く! 行きます! 行くわね、
僕には小声で『初めての遠隔地デートになるわね!』
兄に向っては『志望校の選定のためにも美術大学を見学できるいい機会だわ!』
美大と言っても、ここO阪芸大は屈指の総合大学だ。日本画・油絵・版画・彫刻の美術学科のみならず、デザイン学科、工芸学科、建築学科、写真学科に映像学科……アナウンサーや声優育成の放送学科、舞台芸術学科に、マンガ・アニメ・ゲーム・フィギュアアーツのキャラクター造形学科、ピアノ、管弦楽、声楽の音楽演奏学科までありとあらゆるものを学べる。
ちなみに依頼人の紅川さんは演奏学科でフルートを専攻する一年生だ。
「落ち合う約束の時間までまだあるから、ちょうどいいわ。えーと、グループ展会場はこっちじゃない?」
行動力のある来海サン。僕の腕を離さずどんどん進んで行く。両側にズラリと学祭の出店が並ぶ長い道を突っ切り、青々とした芝生を踏み分けて……
正門前でもらったチラシによるとグループ展なるものはキャンパスの最奥、総合体育館前の2階、階段前とある。
「フフ、新さんも学生時代を思い出すんじゃない? こんな風に仲間と自主展示会をやったんでしょ?」
「まぁね」
「もう! 自分のこととなると途端に口が重くなるんだから! 謙虚なのにも程があるわよ。そろそろ私、新さんの描いた絵を見てみたいな。こんなに親しくなったのに、まだ一度も見せてもらえてないんだもの。ねぇねぇ、いつ、見せてくれるの?」
「そのうちにね、あ、あそこみたいだぞ」
硝子張りの瀟洒な建物が見えて来た。入ってすぐの広い階段を上る。秋の陽射しが燦燦と降り注ぐ2階ピロティは予想以上に広い空間だ。
「――……」
引っ張られて行った僕だったのに。
不覚にも、僕は根が生えたように動けなくなってしまった。
感動した。心が震えた。
両親から引き継いだ画材屋経営、その隙間をミステリ好きが高じた謎解きで埋めている僕だが、改めて絵が大好きなのだと痛感する――
グループ展では5人の学生が共同で作品を持ち寄り、展示していた。
静物画、肖像画、風景画、前衛画……どれも秀逸な力作ぞろいだったが、特に僕はその中の一人の絵に撃ち抜かれた。
〈
この画学生は1から5まで番号だけを振った5作品を出していた。
画題は〈幻視〉
どれも良かった!
エネルギッシュでダイナミック。内なる情熱と力強い
〈1〉数匹の犬を連れて猪を追う狩人。
〈2〉舟を漕ぐ漁人たち。
〈3〉大きな臼を長い
〈4〉カマキリをくわえるシラサギを見つめている幼い兄弟。
〈5〉弓を引き絞った若者
僕は〈5〉が一番好きだ。
射者の青年は何を照準しているのだろう? 今まさに引き放たれようとしている矢。獲物だけを見つめる厳しい眼差しは佇む僕を突き抜けて遥か後方へと流れて行く。屹立するその身に降り注ぐ陽の光……
違う。よく見ると、最初、光かと思った白い点点は〈渦巻き紋〉――古代の文様だ。
僕は改めて他の絵を確認してみた。やっぱりな!
この、陽光にも飛沫にも見える掠れた微小の模様は全作品に描き込まれていた。
狩り集団が駆け抜ける地面には〈鋸歯紋〉〈綾杉紋〉〈斜格子紋〉……
漁人の乗る丸太船に打ち寄せる浪の中に刻まれたのは幾百の〈ウミガメの文様〉だ。
兄弟の見つめる稲田の空に乱反射のごとくキラキラ燦ざめく〈鳥の文様〉、足元には〈蛙紋〉も見つけた! 女たちが杵を突く傍らを吹く風の中には〈トンボの文様〉が隠されている……
それらの文様が途切れることのない調べのように心に響くのだ。
「どうかなさいましたか?」
その声に僕は我に返った。来海サンのクスクス笑いが重なる。
「新さんったら。絵を食い入るように見つめて動かないから、ホラ、係の人が心配して駆けつけたのよ」
僕は慌てて弁明した。
「あ、いえ、あんまり素晴らしい絵なので、つい見入っていました」
「光栄です。これは僕が描きました。こんなに熱心に見ていただいて嬉しいです」
照れながらも画学生は笑顔を煌めかせた。
肩幅が広く上背がある。生き生きした目と後ろに縛った髪が絵の中の若者と重なるではないか。
「ちょうど僕が会場当番の時で良かった! リアルな
「御世辞じゃなく、魅了されました。力強い写実の絵に迷いなく重ねた文様が心地良いリズムとなっていて惹き込まれました。凄い発想だな! 古代の息吹に触れた気がします」
「文様にお気づきですか? そこまで見てくださるとは! ありがとうございます。〈古代〉は、今僕が追及してやまない
「探偵は博学設定がセオリーだけど、凄いわ、新さん! 古代文様にまで詳しいなんて!」
会場を離れた途端、来海サンが僕を褒めそやした。
「いや、僕も美大の講義で聞きかじっただけさ。あの種の古代文様は世界中でみられるんだよ。人間の感性は世界共通ってことだな、面白いよね」
「どうして『自分も美大出身だ』って言わなかったの?」
プッと頬を膨らませる来海サン。
「そしたら、もっと喜んでもらえたのに。専門的な知識と技術を有す画家仲間からの評価は最高の贈り物よ」
「仲間か……」
思わず僕は言葉に詰まった。
仲間……美大時代一緒に芸術を論じ、絵を描き、切磋琢磨した仲間たち……
「あ、でもわかる気がする。ゴメンナサイ、私、簡単に仲間って言っちゃったけど、新さんは家業を継いだばかりですものね。画材屋の経営に慣れるまではそれに専念しようと新さんは思ってる。落ち着くまで絵は描かないつもりだから、今は〝仲間〟なんて安易に呼んでほしくない。要するに、芸術はけっして生半可な気持ちでは向き合ってはいけないってことよね」
「さすが、我が名相棒! ヒトの心理がよぉくわかっているじゃないか!」
今回もまた来海サンの推察力に助けられた。僕は少々お道化てその場を切り抜けた。
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