第3話 最初の依頼人(3)

「……と言うわけで、〈月下紅〉が〈月季紅〉と同義だというのは理解できただろ?」


 僕はサクサク説明して行った。


「月季紅は花の名を指すってのも、わかったよね? さて、君が持って来た暗号文で一番の難問は、実は数字の4と♨だった。これには少々手こずったよ」


 僕は苦労した箇所を正直に打ち明けた。


「でも、解けたよ。この二つはおんなじ色だろ? だから、同じくくりと見て僕は推理したんだ。4をよぉく見てごらん。この4は独特の形をしている。それで僕は――」


 フォントに注目したのだ。


 かのミステリの女王アガサ・クリスティも「ABC殺人事件」で――おっと、これは未読の人のために口をつぐもう。要するに、


 暗号文にある〈4〉は、よく見ると書き出しと書き終わりの先端に長い線が入っている独特の字体だ。この書体について調べたところ、これは英国人ジョン・バスカヴィルが1750年代に作ったものだった!


「バスカヴィルって名もホームズの〈バスカヴィルの犬〉を彷彿させてちょっと面白いね? あ、ゴメン、話がそれた――」


 咳払いを一つ。大丈夫、僕の依頼人は熱心に聞き入っている。


「ここで注目したいのはフォントが英国人による英字フォントと言う点だよ。つまり、同色の二つの絵柄〈4〉〈♨〉は英語変換を示唆していると僕は仮定してみたのさ。するとどうなる?」


 城下さんは目を輝かせた。


「4はフォー、♨はホットスプリング?」


「惜しい! 4は正解だけど♨は君もまんまとミスリードされたね。もっと単純に、4をforと一語で読むなら、♨=湯=you……でどうだ?」


 少々強引ムリクリだが、僕は続ける。


「一行目の魚は鯉だ。塗られた鯉の色こそ月季紅の花の色なんだよ。ところで、紅系の色名は一応全部調べたけど、伝統的な古い色には〈月季紅〉という名はなかった。だから〈月季紅〉は比較的最近できた新しい色名だと思う」




 以上を総合して、僕が読み解いた答えは――


  月季紅の花は の色


  月季紅の花を あなたに




「この暗号はメッセージだよ。意味は『月季紅の花の色を身にまとっている人があなたに恋をしている』と告げているのさ」


 城下来海さんは黄色い椅子から立ち上がって拍手した。


「お見事です! さすが、画材屋探偵を名乗るだけあります!」


 こんな素敵なJKに讃えられるのは最高の気分だ。探偵冥利に尽きるというものさ。僕は得意満面で尋ねた。


「ねぇ、この色を身につけていて、ミステリ好きの人に君は心当たりがある? その人こそが真犯人――つまりこの暗号を書いた人だよ」


「心当たりは、モチロン、あります」


 来海さんは力強くうなずいて答えた。


「美術部員で、ミステリ愛好部にも入っている人。更に補足すれば、その色〈月季紅〉は老舗の某絵具店が近年売り出した胡粉マニュキュアの色名です。だから、あなたの推理した〈新しい色の名〉っていうのも当たってます。ほら――」


 そこまで言うと依頼人はそっと両手を差し出した。


「え?」


 僕は可愛らしい指を見つめたまま固まった。


「待って、それって、つまり……?」


「ええ、そういうこと・・・・・・です」


 僕はさっきなんと解読した?


 


 ――月季紅の花の色を身に纏っている人があなた・・・に恋をしている……


 


 微笑む依頼人、否、真犯人の頬は爪と同じ紅色に染まっていた。




 QED:月季紅は 恋の色!




 暗号は解読したけど謎解きの最重要部分、核心の推理を外した情けなくも幸運な名探偵の話はこれまで。  


 だが、これは序章に過ぎない。

 僕と城下来海サンの謎解きの旅が今、始まる――




               ( 第1話:最初の依頼人FIN.)


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