第2話 最初の依頼人(2)
次の日。
暗号と格闘して寝不足の僕の視線の先を店のウィンドゥ越しに昨日の少女、城下来海さんが通り過ぎて行った。一度足を止めてチラとこちらを見る。僕は首を振って見せた。
(まだだよ)
城下さんはガッカリしたらしく眉を寄せると歩み去った。
だが、僕の方は全く落胆していない。明日は絶対、とほくそ笑んだ。というのも、昨夜、〈月紅花〉に関して更なる収穫があったのだ。
結局、月・紅・花では、これだ、というモノを見つけられなかった。
行き
僕は改めて暗号が記された紙片を凝視した。そして、あることを発見した。
ほら、最初の月の絵柄。よく見たら、下部が塗り潰してある。これはここを強調しているのでは?
では、月・紅・花にもう一文字、〈下〉加えたらどうだろう。
月・下・紅・花
早速僕はPCのキィボードを叩いてこの四文字で何か行き着けないか調べてみた。が、何もヒットしない。但し――
「ん?」
似たような文字の羅列で〈月・季・紅・花〉なら、あった。
月季紅という花があるそうだ。別名コウシンバナ、ソウビ。ソウビは漢字では〈薔薇〉とも書く。この月季紅は源氏物語にも出てくる古い花の名だってさ。更に、月季紅のこの〈季〉について調べると……
なんてこった! こう出た。
【〈季〉の漢字は音読み「キ」訓読み「すえ」/ 一番末・一番下・の意味を持つ】
つまり、〈月季紅〉は〈月下紅〉と同義と考えていいのでは?
さあ、もうここまで来たら解読作業はあと少し。今朝の僕の余裕の微笑みの理由がわかっただろう? この暗号、絶対明日までには解いて見せるからな!
こうして暗号解読を依頼されて二日目の朝がやって来た。
僕は学校へ向かう城下来海さんにウィンドウ越しに自信に満ちた顔で頷いて見せた。
(解けたよ!)
彼女は刹那、ハッと息を飲んで、それからコクンと頷き返した。
夕方、学校帰りの城下さんは僕の店のセーブル色の扉を押して入って来た。
「ほんとに? 解けたんですか?」
「解けたよ! まあ、座りたまえ」
小説内の探偵口調でレジカウンター前に置いた椅子を指し示す。この椅子こそ、麗しい依頼人のために昨夜、自室から持ち出したものだ。通称〈ゴッホの椅子〉。
炎の画家ゴッホは1888年、愛用の椅子の絵を描いた。ゴツゴツした木にイグサを編んだ座面の素朴な椅子だ。言うまでもなく僕のはレプリカ。通販で18000円で買った。木材部分の黄色い色は僕が自分で塗ったんだよ。
予想通り、ゴッホの椅子に座った城下さんは一幅の美しい絵画だった。
ああ! これをそのまま写し取れたらいいのに……
絵筆を握って、無心に真っ白なカンバスに向き合える、そんな日がまた再び僕に廻って来るだろうか?
おっと脱線した。
さあ、ここから画材屋探偵の謎解き、最終章の始まり始り!
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