画材屋探偵開業中!
sanpo=二上圓
第1話 最初の依頼人(1)
「この暗号を解いてほしいんです」
少女の差し出した紙片を僕はまじまじと見つめた。
改元なって令和の時代に謎解き専門の探偵なんているはずがない、とあなたは思うだろう? 現代の探偵は素行調査が主な仕事だから。
でも、この春、美大を卒業して家業の画材屋を継いだ僕、
まぁ、これはちょっとしたジョークの領域。変わった画材屋もあるものだとクスリと笑ってもらえればいい。多少なりとも店の宣伝になるんじゃないかな。それに僕自身の暇つぶしにもなる。実際、謎を持ってやって来る酔狂な人なんていないだろうと思っていたんだけど。その記念すべき最初の依頼人こそ、眼前の少女なのだ。
ちなみに場所は広島市JR駅の北側ヒカリマチ。道を幾つか挟んだそこには市民球場(別名MAZDA-ZoomZoomスタジアム)の皓皓と輝くライトを望める最高の立地だ。ここに祖父が開業し、一人娘と入り婿の父(二人は現在フランスに長期滞在中)が継ぎ、僕で三代目となる〈桑木画材屋〉はある。
何故、両親が海外に? ということをザックリ説明すると、<12世紀の修道会クリュニー派とシトー派の歴史と修道院建築の研究>は歴史学部出の父が画材屋家業の傍ら続けたライフワークだった。一方、母の夢は欧州の美術館巡りをすること。僕を22年間思いっきり自由に、好きなことだけをさせて育ててくれた父母――実は美大在学中は多大な心配もさせてしまった! そのことへの感謝に代えて僕は卒業式を終えるや『後のことは任せて!』と即、二人を送りだしたと言うわけ。
こうして、晴れて新店主となった僕の牙城、桑木画材屋のレジカウンターの前で、黒地にピンクのラインのセーラー服姿の少女はマニュキュアを塗った可憐な指で一枚の紙片を僕に手渡した。
「私、
「あ!」
ここで僕は気づいた。
「君、何度か絵具を買いに来たことがあるよね? 確か、高校の美術部員と言ってた?」
肩に掛かる、やや赤茶色の髪を揺らしてうなづく城下来海さん。
「あなたのお店の前の道が私の通学路なんです。私、毎朝ここを通りますから、暗号が解けたら合図してください。では」
クルリと反転し春風と一緒に去って行った。
「あ、待って! コレを、いつ、どこで、どんな状態で入手した、とか、その種の詳細を全く聞いてないんだけど――」
でも、まあ、いいか。ミステリ小説としては理想的な出だしだ!
謎めいた美少女と不思議な暗号文。
小さくガッツポーズをしてから、僕は城下さんが置いて行った紙片に視線を戻した。
暗号は二列ならんでいる。
月・糸・Ⅰ・花・魚
月・糸・Ⅰ・花・4・温泉マーク
僕の血が沸き立つ。暗号と言えばコナン・ドイルが著したシャーロック・ホームズ物の一作〈踊る人形〉が有名だが、これはそれに通じるものがある。
まず一目でわかったことは並んだ絵柄の色の違いだ。
月・花 は〈黒〉
糸・Ⅰは 〈赤〉
魚はややくすんだ〈赤〉
4・♨は 〈青〉
果たしてこの色の違いに意味があるのだろうか?
次に僕の目を引いたのは、絵柄以外に数字が混じっていること。
Ⅰと4。しかもこの二つの数字はそれぞれ色とフォントが違う。
Ⅰは赤でギリシア数字、4は青でアラビア数字だ。
あと一つ、気になったのは魚の絵柄。これは鯉幟こいのぼりの鯉にみえる。鯉と言えば我が市の誇る球団名だ。とはいえ、暗号文のこの鯉は色が微妙に違うんだよな。広島カープは真紅。混じりけのないREDだからね。
まあいい。取り敢えず僕はレジ奥のスツールに腰を据えて暗号解読のセオリー、〝変換〟をやってみた。絵柄を文字化してみたのだ。まず、ひらがな。
つき いと Ⅰ はな さかな(こい?)
つき いと Ⅰ はな 4 おんせん(ゆ?)
漢字もやってみる。
月 糸 Ⅰ 花 魚(鯉?)
月 糸 Ⅰ 花 4 温泉(湯?)
「むむ、見えて来たぞ!」
漢字にした途端、僕は思わず叫んだ。だって、ほら、月の後ろの赤色の二つ――
これ、〈糸〉と(Ⅰ〉 合わせると 一つの文字が浮かんでくる。どう?
〈紅〉と読めるではないか!
いいぞ。他は取りあえず置いといて、この線で進めてみよう。
〈月紅花〉
さて、これはいったい何のことだろう? この三つの漢字になにか特別な意味が秘められているのでは?
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