第24話 宝石の隠し場所〈1〉
見慣れない人だった。初めての客――
その人はラウニーの30色入りのパステルを一箱持ってレジへやって来た。
「ありがとうございます。8460円です。お包みしましょうか?」
僕が言い終わらないうちに、
「謎を解いてほしいんです。宝石の隠し場所を捜し当ててください」
OK。僕は両親から引き継いだ店のHPに遊び心で〈画材屋探偵開業中!あなたの謎を解きます〉と掲げている。眼前の人はそれを読んだわけだ。
「私は
翻訳家の進藤ハナさんはとても素敵な女性だった。ガンクラブチェックのトレンチコートをなんともエレガントに着こなしている。白い
「私の夫は宝石鑑定士です。私たちは去年の秋に結婚しました。暦で言う立春の頃、二月四日が私の誕生日なのですが、一緒になって初めての誕生日に夫は私のイメージにピッタリの
彼女は肩にかけていたトートバックから小型のキャンバス(1号サイズ220×220mm)を取り出してレジカウンターの上に置いた。
「!」
そこには薄紫の空を背景に星で
「美しいですね!」
嘘じゃない。凄くいい絵だった。かく云う僕自身、美大の油絵科を卒業している。腕前はともかく審美眼には自信がある。
「褒めていただいてありがとうございます。裏もご覧ください」
ひっくり返すとカードが挟んであった。
〈 大切な人へ
君の瞳に乾杯!
僕が贈る、いっしょになって最初のバースディプレゼントの宝石はこれです。
家の中に隠したのでぜひ探してみてください。
隠し場所のヒントは絵の中にあります。
こちらのカードの文言と、君が知っている〈僕〉を
成功を祈る。
君の夫より〉
「ねぇ、ヒドイと思いません?」
絵から顔を上げた僕に、依頼人は大いに憤慨して訴えた。
「男の人って、いつまで少年のままなのかしら? 悪戯が過ぎるわ」
とはいえ我慢できずにここでクスッと笑う。
「この絵は夫が描きました。探し出すための
再びここで悪戯っぽく微笑む。
「
真剣な顏に戻って進藤さんは言った。
「ぜひともお願いします。画材屋探偵さん、私の宝石を見つけてください!」
勿論、僕は即座に承諾した。
「何、何? どうしたの?」
セーブル色のドアを押して、学校帰りのJK、
「これ、まさか、新しい謎の依頼?」
ピュッと来海サンが口笛を吹く。
「凄い! 案外、世の中は謎に満ちているのね?」
「そうさ、この世は謎だらけなんだよ」
「で、今回は何なの? 詳しく教えて」
僕は絵を指し示した――
「宝石の隠し場所がこの絵に秘められているってさ」
「ふーん、星の塔かぁ。裏切りの塔にはなりませんように!」
サラリとこんな台詞を吐く来海サンも、そう、筋金入りのミステリマニアなのだ。※〈裏切りの塔〉は英国を代表する推理作家G・K・チェスタトンの傑作短編である。
「宝石鑑定士の若妻が持ち込んだ依頼でね、彼女への誕生日の贈り物の宝石を夫は家の中に隠した。その隠し場所のヒントがこの絵の中にある。絵は夫の自作。夫についてその他の情報としては、絵の他に映画鑑賞、地質学、考古学、そしてミステリ好き――」
僕は絵の裏側のカードを示しながら、
「さぁ、君ならどう解く?」
「うわっ、面白いわね。宝石を隠すお話はたくさんあるわ。私が真っ先に思い出すのは……」
来海サンはそこで口をつぐみ、まじまじと絵を眺めた。
しばらくして、目を輝かせて僕の方を振り返る。
「これ、星でできた塔よね?
「君も気づいた? フフ、僕もだよ」
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