第23話 エニグマ〈3〉
「できましたか?」
「できましたっ!」
夕刻5時過ぎ。
約束通り会社帰りにやって来た青年に僕は胸を張って一枚の紙片を差し出した。
「ご覧ください、これです――」
まず、一番上にはシンプルな〈線画〉。
平行する線が二本伸び、途中で一本、上下を繋ぐ橋のような縦線が入っている。二本線は向き合ったまましばらく伸びてから、やがて上の線は途切れる。下の線だけが斜めに上昇した後、台地のように平らになる。この線上に身長差のある二人の人物が手を繋いで立っていた。二人の足元で崖のように線は急角度で内側へ折れて
この線画の下にもう一つ明らかに〈塗り絵〉とわかるイラストがあった。
太い黒枠の線で描かれた、花を挿した花瓶の絵柄だ。こちらは所々色が塗られている。
「プッ」
一目見るなり青年が噴き出した。
「失礼、でもあなたのこの塗り絵……僕の初期の頃と同レベルですね?」
失礼なことを言ったと気づいたらしく、青年は慌てて言い添える。
「あ、でも、上の図、レターヘッドみたいな線画はイイ感じです。なんだか、祖父母の家から僕と姉がしょっちゅう通った公園への道に似ています」
「ほんとですか? それは良かった! ありがとうございます」
一呼吸置いて僕は咳払いした。
「不評だった塗り絵の方、確かに塗り方はヘタクソですが、これはアムステルダム・フィンセント・ゴッホ美術館がPC上で公開しているゴッホの〈ひまわり〉の塗り絵です。無料ダウンロードできるので使用しました」
「へぇ、そうなんですか」
「さて、あなたが褒めてくれた上部の線画ですが、奇しくもお姉さんと歩いた道と見てくれたとは光栄です。嬉しいな! そして、〝道〟というのは、ある意味当たっています。実はこれこそが謎への
「どういうことです? 僕には全然わからないけど」
顔をしかめて線画を見つめる青年。狙い通りだ。僕は笑いを噛み殺しつつ、
「多分、お姉さんもそう言うでしょう。その時は
僕は線画の部分をむしり取った――ポストイットで貼り付けておいたのだ。
下から現れたのは、同じ図柄。但し、こちらは色分けしてある。一瞬で線画は文字へと姿を変えた。
青年は口に出してそれを読んだ。
「エ、ニ、グ、マ」
キラッと瞳が輝く。
「面白い! エニグマって〝謎〟って意味ですよね? つまり、この手紙が謎のメッセージだと告げているってことか。そうかぁ、全然気づかなかったな! こんな仕掛けが仕込んであったとは」
「それだけじゃありません。あなたが結婚の贈り物に選んだものは何でした?」
「塗り絵と色鉛筆……」
「あなたが自慢したように贈り物はそれ自体、最高の選択でした。僕の謎はあなたの贈り物に由来しています」
レジカウンターの上の、包装されリボンが結ばれたそれを眺めてから、青年に視線を戻し、僕はゆっくりと言った。
「上部の線画の言葉〝エニグマ〟はそれぞれの文字をDIS認定――世界共通でJIS規格公認の色彩名で色分けしてあります。エは
「あ!」
青年は今一度、食い入るように線画を見た。その後で視線を僕の下手くそな塗り絵に移す。
ここぞとばかり僕はコピーしておいた色見本(正確にはJIS慣用色名一覧)を差し出した。
「ご参考までに、これもお付けしときます」
※色見本参照のこと! おっと、手元にないあなたには以下の、文字で記したヒントをどうぞ。
塗り絵の塗られている部分は
漆黒/赤/若草色/セピア/虹色/撫子色/レモン色
橙色/イエロー/スカイブルー/金/橙色/羊羹色
「言葉自体はシンプルです。でも――」
「いえ、これ以上の言葉はないです! ありがとうございました」
何より、青年の瞳に滲む涙が彼の感激を雄弁に語っていた。どうやら僕は謎を作るミッションに成功したようだ。
「ミステリアスで凄く気の利いた、最高のメッセージです。使わせていただきます!」
メッセージ付きのプレゼントを抱えた青年を送り出す。
現在、僕はレジカウンターの後ろ、定位置に腰を下ろして、セーブル色の扉を開けて
孤軍奮闘した今回の異色の案件について我が相棒に早く話したくてたまらない。
( 第6話:エニグマ FIN.)
※メッセージは
『 しあわせになれ だいすきだよ 』
※エニグマ のカタカナ文字を全部つなげて想像してみてください。
グの濁点(")が人物、姉と弟と思っていただけたら……
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