第11話 刻まれた風景〈4〉
僕たちは爆走した。来海サンを助手席に、僕と早瀬君が後部座席、運転を交代する時だけ僕と行嶺氏が入れ替わるという配置だ。とはいえ、道中ほぼ行嶺氏がハンドルを握り続けた。早瀬君は夜勤明けと言うこともあって乗車後ほどなく寝入ってしまった。
最低限の休憩とややゆっくりのランチタイムを挟んで、僕たちは弾丸のようにナビに導かれるまま疾走する――
夜明け前、目的地の登米大橋に着いた。
〝大橋〟の名の通り、北上川にかかる大きな橋だ。
川縁に停車している車は無いだろうか? 橋を渡り、川上へ向かってゆっくり進む。
カシ、カシ、カシ……
車の屋根を叩く微かな音がする。
白んで行く空からそれは降って来た。車窓に顔を寄せ来海さんがつぶやく。
「何の音? 雨かしら?」
カシ、カシ、カシ……
(何だろう? 雪が屋根を打つ音?)
「起きなさい、
先に降りた男が、助手席側のドアを開けて娘を呼んだ。
「パパ、ここは……」
「驚いたよ、栞、おまえがここを憶えていたとは。この場所を見ていたんだね?」
「そうよ、ここだわ! 私、知ってる。あの日、ママは車を降りて、私を一人残して、この川沿いを去って行った……」
「誰と?」
「虫人間」
違う、違う。虫は廻り中に降っていただけ。ママと一緒だったのは……ママの傍らに立っていたのは……
「
「そのとおり、私だよ」
あの日と同じだ。あの日、虫人間の手が伸びてママの首に巻きついた。そう、こんな風に――
「パパ?」
「許してくれ、栞、私は、失いたくなかったんだ、ママも、おまえも。だから――」
「うそ……いや、はなして……」
「その手を離せっ!」
間一髪だった。
娘の首に指を絡めようとした父親に早瀬君が全力で体当たりした。
弾かれてよろめいたその体に僕が飛びつく。更に上から、行嶺氏がのしかかって、二人がかりで押さえつけた。
「動かないで、皆! 今、警察に通報したから!」
真横で仁王立ちになった来海さんがスマホを耳に当てたまま叫んでいる。
「皆、そのままでいて! すぐに警察が来るわよ!」
「ワッ!」
娘さんが早瀬君にしがみついて泣き出す。新人ホテルマンは無言でその肩を抱きよせた。
どんどん明るくなっていく空の下、幾千、幾億もの白い欠片が降って来た。
川面に、道に、動きを止めた僕たちに、あとからあとから、止む間もなく、幻の雪――純白の羽虫たちは振り続けた。
カシ、カシ、カシ……
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