第21話 エニグマ〈1〉

 今回はちょっと異色のお話をどうぞ。


「これ、贈答品なので、ラッピングしてもらえますか?」

 数冊の外国製塗り絵本と、色鉛筆unicolor100、同じくuni水彩色鉛筆12色(水性ペン付き)をレジカウンターの上にドーンと積み上げて青年は言った。

 一月も半ばを過ぎた昼下がり。

 スーツの上に濃紺のチェスターコートを羽織った、僕と同年代の若いビジネスマンは人懐っこい笑顔で続ける。

「HP見ましたよ。『あなたの謎を解きます』――ねぇ、謎を解くのが得意なら、謎を作るのも上手なはず。そこで、お願いします。ぜひ、僕のために謎を作ってください」

「え?」

 流石に驚いた。意表を突かれて戸惑う僕によどみない口調で――きっと営業担当に違いない――青年は語り出す。

「まずは、お聞きください。僕の両親は交通事故で急死しました。僕が5歳、姉が11歳の時です。引き取ってくれた父方の祖父母は凄く優しくていい人たちだったんですが、生活環境が激変し、幼い僕には現実が受け止められず、寂しくて哀しくて、精神的なストレスから言葉をしゃべれなくなってしまいました。要するに失語症ですね」

 ちょっと強張った笑み。一旦床を見てから顔を上げる。

「口がきけなくなった僕を姉は責めたり叱ったりかしたりせずに、ただそばにいて寄り添ってくれました。姉だってまだ子供だったのにな。姉自身、どんなに辛かったことか、それを想うと今更ながら胸が痛みます。そんなある日のこと、二人して公園に行った帰り道でした。文房具屋に寄った姉は僕に塗り絵を――当時僕が好きだった戦隊ものやピカチュー、ハムタローなんかのそれをね、祖母にもらったお小遣いから買ってくれたんです。自分用には花の塗り絵、そして色鉛筆とクレヨン。以来、一緒に塗り絵で遊ぶのが日課になりました。僕と姉はただ黙って何枚も何枚も塗り絵を塗りました」

 祖父母の家の縁側に降り注ぐ日差しを思い出したのか、青年はまばたきをした。

「姉は丁寧にとてもきれいに仕上げるのに、僕の方は、最初、滅茶苦茶に塗り殴ってました。鬱憤うっぷんを晴らすように乱暴にデタラメに。でも姉はどんな出来栄えだろうといつもニコニコ笑って褒めてくれるんです。その内に異変が起こった! なんと、僕は色と仲良くなったんです。どう言えばいいんだろう、色がね、チカッとウィンクすると言うか、語りかけて来る、みたいな? 『僕を使えよ!』『私、綺麗でしょ?』『私の方がずっと綺麗よ!』『こっちよ、こっち』……それで僕は、その日気に入った色を次々に塗り始めた――」

 髪を搔き上げて照れ臭そうに微笑む青年。

「まぁこんな感じです。ここだけの話、僕が言葉を取り戻したのはにぎやかな色たちとお喋りしたせいです。ほんと、今じゃ、こんなに騒々しくてとりとめのないことばかり喋ってる僕ですが。いや、何が言いたいかというと――」

 深く息を吸って若いビジネスマンは言った。

「僕を見守ってくれた世界1大切な姉が来週、結婚するんです。これはその姉への贈り物です。思い出の塗り絵と色鉛筆……いい選択でしょ? この上にプラス、気の利いたメッセージカードを付けたいんです。姉を大いに吃驚させて、やがてクスッと笑わせるような小洒落こじゃれたヤツがいいな! 正直言うと、感謝の気持ちをつづった手紙を書こうとここ数日、奮闘したんですが、どうにも僕には文章力がなくて諦めました。それにさ、何千字何万字書き連ねたところで姉への想いは語り尽くせないんだもの。ダラダラ湿っぽくなるのも嫌だしね。そう言うわけで――ここはひとつ、姉の結婚を祝福する、とびきりミステリアスで素敵な〈謎のメッセージカード〉を作ってください!」

「あの……」

「いけない、もうこんな時間か! オフィスに戻らなきゃ。じゃ、退社時に寄りますからよろしくお願いします」

 何だって? 謎を作る? こんなのありか? しかも、時間制限タイム・リミットあり、だと?

 最初に断った通り、まさに異色の展開――

 

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