第16話 幻聴〈4〉
「音の出処がわかったって――本当ですか?」
数分後。
呼びに戻った
僕は笑顔で答える。
「ええ、わかりました。紹介します、こちらは
「はじめまして。佐々です」
進み出た佐々君は挨拶と同時にそれを鳴らした。
「あなたがお聞きになった不思議な音は、これですか?」
コーーン……
軽やかで、清らかな音が早朝の大学の丘に響き渡る。
「これです、この音です! でも、それは一体
「
「どうたく……」
「銅鐸についてご存知ですか?」
少々照れながらも落ち着いた口調で佐々遼一君は説明した。
「中学や高校の歴史の時間に名前くらいは聞いたかと思います。僕は一年前にたまたま東京博物館で伝・香川銅鐸を見てすっかり魅了されてしまいました。以来、機会があるごとに日本中の歴史館や郷土資料館、博物館等を巡って実物を見て歩いているんです――」
画学生は自分のスマホに収めたそれら銅鐸の写真を紅川さんに差し出した。
「これが伝・香川、別名
「まぁ!」
「銅鐸は中国大陸から朝鮮半島を経て我が国へ渡来しました。面白いのは、ここ日本で絵や模様が入れられるようになったんです。この絵や文様を基に僕は自分の絵を構築し描き続けています」
「
眼前の青年の絵とスマホの中の銅鐸に刻まれた線画を見比べて感嘆の声を上げる音楽科生。頬を染めて油絵科生は続ける。
「行き詰まったり、書きあぐねた時、悩んで筆が止まった時などに僕はこの銅鐸を鳴らすんです。また、会心の出来に仕上がった時も鳴らしてしまいます。そういう時は心満ち足りてこの音に聞き惚れます」
「そうだったんですか。銅鐸――確かに授業で習ったわ。でも、こんな軽やかな美しい音だとは思いもしなかった」
「それなんです! 銅鐸の音!」
青年は深く息を吸った。
「僕も最初は銅鐸に描かれた絵や文様に心奪われて見て歩いたのですが、ある時――」
あれは島根の古代歴史博物館だった、と青年は言った。
「島根県は、日本最多の39個の銅鐸が発見された
――音を聞いてみませんか?
その時、初めて僕は銅鐸の音を聞いたんです。僕も、もっと荘厳で重厚な音とばかり思っていたので驚きました。今あなたが言った通り、なんて軽やかで瑞々しく澄み切った音色でしょう! 愕然とした僕を見て学芸員は満面の笑顔で教えてくれました。
――
銅鐸は青銅で出来ています。青銅とは銅に錫を混ぜたもの。銅鐸の、耳に心地よい軽やかな音は錫が含まれているせいなんです。もっと言えば――私が感動せずにはいられないのはまさにこの点なんですが、古代人は美しい音色になる錫の含有率を既にちゃんと知っていたんです」
「素晴らしいわ! これが、古代人が作りあげ、そして、魅了された音……」
両手を握りしめて頷く紅川さん。
「なんだか凄くわかる気がします。と言うのは、私も初めてこの音を聞いた瞬間、心が洗われる思いでした。おかげでフルートの音も格段に美しくなりました」
「そうなんですか? 僕もこれを聞くと雑念が消えて描きたいものが見えて来る。結局、時代を経ても
咳払いをひとつして画学生は頭を搔いた。
「ちなみに、この銅鐸はレプリカです。二か月前にアマゾンで見つけて購入しました。僕にとってはかなり高価だったんですが、どうしても欲しくて……」
【 複製銅鐸/高さ17㎝ 幅11㎝ 青銅製 価格24,880円 】
佐々瞭一君が改めて鳴らして聞かせてくれたそれはまぎれもない
まだまだ話の尽きない二人の若き芸術家を残して僕と来海サンはそっとその場を離れた。
大学正門前のバス発着場へ向かう道で白馬にまたがった聖徳太子と擦れ違った。
一瞬、ギョッとしたが、学園祭用の演劇部の予行演習だった。
そう言えば、この一帯は日本最古の官道――二上山の南麓を通って大和国と河内国を結んだ竹内街道の領域でもある。僕がそんなことを考えていると来海サンがスマホを翳してニッコリ笑う。
「決めた! USJに行くより先に、世界文化遺産に登録された
「了解!」
もちろん、僕も大賛成だ。
清浄な古代の音を聞いたばかりの今の僕たちなら、金の冠を被って宝剣を
( 第4話4:幻聴 FIN.)
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