第39話 あの子を捜して/捜索依頼〈4〉

 白髪をシニョンにまとめた可愛らしいご婦人――いかにも昨日訪問した空色の洋館の住人に似つかわしいその人は、立ち上がると両手を膝の前に重ねて丁寧に僕と来海くみサンに挨拶した。

「暇を持て余したおばあちゃんのお遊びに付き合ってくださってありがとうございました。素敵な探偵さんたちに心からお礼を申し上げます」

「こちらこそ! 存分に楽しませていただきました」

 席に着き、飲み物をオーダーしてから単刀直入に僕は言った。

「お捜しの〈あの子〉さんは、猫ちゃんですね?」

「そのとおりです。でも、その先をお続けになる前に――」

 シックな黒のニットドレスの腕を伸ばして僕を制す高林さん。ベネチアンガラスのネックレスが揺れた。

「まず私にお詫びと弁明をさせてください。私は探偵さんたちに、わざと昨日は正確な情報を与えませんでした。意識的にミスリードしたんです。あの子の居場所を私は存じています。あの子は三年前に死にました」

 にこやかな笑みを浮かべて、高林さんは僕と来海サンを見つめた。

「モチロン、優秀な探偵さんたちはとっくにお察しでしょうが。それでね、一人住まいの私は寂しくて……夫は十数年前に他界、娘や息子たちも独立して家を離れました。以来、16年間、私はあの子と一緒に暮らしてきたのです。あの子の死後、気晴らしに開いた美術書であの子にそっくりな猫を見つけて……『あら、ここにいたのね?』って飛び上がりました。もう嬉しくって、それから、色々な絵画の中にあの子の姿を捜し始めたんです。そこに、ここに、あの子が紛れ込んでるって考えると凄く楽しかった! ずいぶん心が慰められました」

 依頼人は静かに息を吐いた。

「でも、一人でそれを続けていたら、最近別の寂しさを憶えるようになりました。つまりね、孤独が際立つんです。だから、せめてこの捜索の旅――あの子の足取りを、一人胸に秘めているだけじゃなくて誰かに明かしたい、一緒に分かち合いたくなってしまったんです。そんな時、偶然あなたの画材屋さんのHPを目にしました」


 〈 画材屋探偵開業中! あなたの謎を解きます 〉


「私、すぐに変装してお店に伺いました」

「ちょっと待った! 変装して?」

「はい、息子の学生服と学帽、黒縁眼鏡……何十年も前のもので私にはサイズが合いませんでしたが化ける・・・としたら、手元にそれしかなかったので」

「あれか!」


 ――ずり落ちそうな眼鏡を押さえ棚の間から画材そっちのけで来海サンを見つめていたブカブカの学生服の少年……


「クソッ、あ、失礼、ちっとも気づきませんでした」

 高林さんは笑いをこらえながら、

「それで、こっそりお二人の姿を拝見して、とっても素敵なカップルさん、さながら令和の〈おしどり探偵〉そのものだから、私も勇気を奮い起こして行動に移したというわけです」

 紅茶を一口飲んで微笑んだ。

「私もね、ミステリ愛好家なんです」

「ええ、それはもう十分にわかります!」

 前もっての店内侵入捜査といい、庭や室内の演出と言い、そして、何より、僕と来海サンをアガサの隠れた名作〈おしどり探偵〉に例えてくれるとは。これは最高の褒め言葉じゃないか! 

 変装を見抜けなくて落ち込んでいた僕だったがすぐに立ち直った。

 来海サンも感動したらしく頬を染めて絶賛する。

「高林さんのミステリ好きは筋金入りですね!」

「まぁ! 探偵さんたちにお褒めいただくなんて……光栄です。お付き合いくださった御礼も含めて、さぁ、どうぞお好きなものを注文なさって! ここのネコカフェセットは絶品ですのよ」

「え、なに、それ、ネコカフェセットーー黒猫パンに肉球模様のカフェラテ付き? きゃー、可愛いっ」

「お待ちください、高林さん」

 メニューを見て前のめりになる相棒の肘を押さえて僕は咳払いをした。

「まだ、僕ら画材屋探偵――令和のトミー&タペンスにご依頼なさった今回の捜索に関する最終調査報告をお伝えしていませんよ」


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