第49話 去夏〈9〉
僕は最速で
懐かしいセーブル色の扉を開けるや、真っ先に跳びついて来たのは――
「ワン、ワン、ワン!」
「アルバート!」
記述が前後するが、
「あれ? おまえがここにいるってことは……」
「そう、向こうの僕の店は今日は閉めている。それはともかく、お帰り、
アルバートに続いて駆け寄った行嶺氏。流石に抱きついては来なかったが、一瞬両手を広げてから――辛うじて踏みとどまったように見えた。行き場を失った手でガッシと愛犬の首輪を掴む。
「助かったよ! 何しろ、今の今までずっと僕は来海に責め
「責められて当然よ!」
鈴のような声。泣き
「だって、兄さん、ヒドイわ! 新さんが一人で殺人鬼に会いに行くのをみすみす許すなんて――私を叩き起こして、後を追わせるべきだったわ!」
「殺人鬼――って」
見惚れていた僕は我に返り、慌てて弁明した。
「来海サン、その推理は間違ってるよ。透は誰も殺してなんかいない」
「え? でも、あなたの恋人の
「それについては今から詳細をきちんと話すよ。今度こそ、真実の全てを。実は、悪いのは全て僕、逃げ回っていたのは僕なんだ。百夏の死は――」
「ワッ!」
ほとんど何も説明できていないと言うのに、ここで来海サンが飛びついて来た。いつの間にか、兄の行嶺氏はアルバートともどもいなくなっている。
二人きりの画材屋で僕たちはお互いの体をしっかりと抱きしめた。
もちろん、この後、今回の
そうして……
至福のぬくもりの中で、突然僕は気づいた。僕の〈告白〉――過去から現在に至る真実の吐露は何処から始めるのがいいのだろう?
そもそも両親に早めの引退を決意させ欧州へ旅立たせたのは、百夏を失って精神的に苦悩した僕にずっと寄り添ってくれた両親への感謝の気持ちからだった。本当に父母には物凄く心配をかけてしまった。
とはいえ、欧州行きを両親に承諾させるのは大変だった。僕たちはとことん話し合った。まだまだ不安定な僕を一人にするのを案じた両親と僕は一つだけ約束を交わした。それこそ、『祖父が残したこの画材屋を絶対に
納得した両親を送り出し、一人きりになって、さて、これからどうする?
何も考えずにしばらく心を空っぽにしてボウッとしていようと思った。だが、何も考えないのは、それはそれで難しいとすぐに気づいた。それで発作的に店のHPに打ち込んだのがあの一行だった。
〈 画材屋探偵開業中! あなたの謎を解きます 〉
尤も、実際に謎を持ってやって来る酔狂な人間なんていないとタカをくくっていたのだけど。
どこまでが青春、いつまでが青春……
ああ、ほんとにな。
青春とは、たくさんの新しいものを見つけ、大切な物を失くす、光きらめく季節……
僕は、自分がまだそこにいるのかどうかわからないけれど、これだけは言える。
『君に会えてよかった! 』
待てよ、そうだ、
こんなのはどうだ?
辛い過去を忘れたくて他人の謎解きに現実逃避した美大卒のミステリマニアの男がいる。その男が経営する画材屋のドアを開けて春風とともに最初の依頼人が入って来る――
いいぞ、これで行こう。というか、もうこれしかないじゃないか。
僕は来海サンの耳に唇を寄せて語り始めた。
「なぁ、聞いてくれ、君……」
――黒いセーラー服にピンクのライン、肩までのやや赤茶けた髪をなびかせて颯爽とした足取りで歩いて来た僕の最初の依頼人は、紙片を差し出し、僕の目をまっすぐに見つめてこう言った。
「この暗号を解いてほしいんです」
( 第9話 去夏 FIN.)
画材屋探偵開業中! ―― 了 ――
画材屋探偵開業中! sanpo=二上圓 @sanpo55
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