第36話 あの子を捜して/捜索依頼〈1〉

「何これ?」

 週末のその日、早くからやって来た来海くみサンは、僕がレジカウンターの上にまとめた品々を見て声を上げた。

「イーゼル、F8型キャンバス、木製スケッチ箱、油絵用絵具に水採用絵具、100色色鉛筆とスケッチブック……」

 僕は答えた。

「もちろん、配達依頼品さ」

 今一度、驚きの声を上げる来海サン。

「配達するの? これを全部?」

「そうさ、しかも一軒のお宅へね」

 早朝、電話があった。上品な年配のご婦人の声で、よろしければ自宅まで届けてほしいと。

「僕がこの画材屋を引き継いでから配達依頼は初めてだ。その上、面白いんだよ」

 エレガントで優しいその声は続けて言ったのだ。『注文の品をお一人では大変と存じています。ぜひ、可愛らしいバイトのお嬢さんとご一緒においでいただけないかしら?』

 目をみはる来海サン。

「バイトって私のこと?」

「そうさ、君のことさ。可愛らしいお嬢さん――いったいこの店に、君以外に誰がいる?」

「女装しているあらたさんとか」

「いや、その可能性はゼロに等しい。現実的な推理はこうだ」

 僕は慌てて自論を展開した。

「君は最近、学校帰りの制服のままではお客と間違えられるからと、店内でエプロンをつけるようになったろ?」

 ラズベリー色のギャバジン。それがまた僕の画材屋に良く映えるのだ。この間なんか、まだ大きすぎてブカブカの学生服を着た純情そうな少年が、ずり落ちないよう眼鏡を押さえて商品そっちのけで君に見蕩れていたっけ。

「今回の電話の主は、きっと事前に僕の店を訪れてるんだ。で、あらかじめ注文の品々を確認した。その際、エプロン姿の君を目にしていて、可愛らしいバイトだと勘違いしたというわけ。どうだ、筋が通るだろ?」

「ふうん。でも、それなら何故、その人はその時・・・に配達を願い出なかったの?」

「そこが謎だ。だからこそ――行ってみようじゃないか!」

 僕と頼もしい相棒にとって〈謎〉は大好物だ。今回も物凄く謎めいている。

 そう言うわけで、扉に〈close〉の札を下げ、荷物をそれぞれ分担して持って、僕たちは出かけた。


 目指すは南区翠町。この辺りは古くからの高級住宅地である。

 予想通り、そこは瀟洒な洋館だった。

 奥まったところに建つ空色の二階家。切妻の屋根、白い窓枠、庭の周囲をぐるりと囲んだ漆喰の塀。鉄柵の門の横に掲げた表札には〈高林〉とあった。

 インターフォンを押して僕は告げた。

「桑木画材屋です。ご注文の品をお届けに参りました!」

「ようこそいらっしゃいませ」

 電話で聞いたのと同じ優しい声が返って来た。

「門扉を開けてお進みください。玄関ドアは開錠しています」

 門から続く玄関までの小径こみちが素晴らしかった!

 片側は花壇で、パンジー、ビオラ、ストック、ゼラニウム……花々で溢れている。その花壇を縁取るのは牡蠣の殻。もう片側にはキラキラ光る小さな四角いガラスがモザイクのごとく埋め込まれて、虹色のシンフォニーを奏でている。

 僕と来海サンは思わず足を止め、互いの顔を見て頷きあった。

「新さん、これは――」

「うん、このカンジ――」

 胸を高鳴らせるミステリーの予感……!

 

 ゆっくりと地面を踏みしめて玄関に至る。

 先刻の言葉通り鍵はかかっておらず、ドアは薄く開いていた。

 中に入ると、スリッパが二足、ラグの上――図柄はウィリアム・モリスデザインの〈苺泥棒〉で色は青――に揃えてあった。その後ろ、今回わざわざ設置したらしい年代物アンティークの金屏風にマスキングテープで張り紙が止めてある。


〈 お待ちしていました。どうぞ向かって右側の部屋へお入りください 〉


「なに、ここ、注文の多い料理店?」

 来海サンが僕の耳元で囁く。とはいえ、僕たちは素直に従った。

 右側の部屋は応接室だった。

 外から見たこの家のイメージ通りの一室。

 入って正面に庭を見渡せる2つの窓、右手に大理石のマントルピース。

 部屋の壁の穏やかなブルーグレイがキャメルバッグの優雅なソファ(マリーゴールド模様)とカーテン(ウィローボゥ模様)を引き立てている。

 ソファの脇、獣脚カブリオールレッグのサイドテーブルに紙片が乗っている。文鎮代わりのインク瓶を除けると僕はそれを手に取って読んだ。


〈 ご苦労様でした。どうぞ注文品を床にお置きください。

  本日はわざわざお呼びたてして申し訳ありません。

  でも、どうしてもお願いしたいことがあってこんなやり方をしました。

  拝見した貴店のHPでは謎を解いてくださるとのこと。

  私にはぜひ解いていただきたい謎があるのです。

  依頼内容について詳しくしたためた手紙をこの室内に隠しました。

  どうか見つけてください 〉


 僕は叫んだ。

「そういうことか! 謎解きは既に始まっているのか!」 


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