第29話 警告〈2〉
時刻は朝9時を回ったところ。
平日なので最強の相棒・来海サンは学校にいる。店内には僕一人きりだった。
「いらっしゃいませ。今日は梓さんの代行ですか? 何をお求めでしょう?」
「違います。僕自身の要件で――来ました」
いつもはピシッと決めた隙の無いスーツ姿だが、この日はラガーシャツに白の綿パンというカジュアルな装い。何より、一番の違いは、血の気の失せた真っ青な顏だ。足取りもおぼつかなくヨロヨロと棚にぶつかりながら近寄って来る。
「お加減が悪いんですか? 大丈夫ですか?」
手を取って椅子に座らせた。そんな僕に掴みかからんばかりにグッと顔を寄せて、
「確か、あなたのこの店、どんな謎でも解いてくれるとHPに掲げてますよね? どうか、助けてほしい、僕に降りかかった人生最悪の謎を解いてください!」
いったん息を止めると、
「何故、
「は?」
「失礼、正式な自己紹介がまだでしたね、僕は
「お姿は存じています」
「今日は僕たち、有給の休日で、かねてからの約束で山陰の方へ小旅行に出発する予定でした。先刻、僕が迎えに行くと、玄関に出て来た彼女にイキナリ別れを告げられました」
青年は目を閉じた。
「こんなことってありますか? まさに青天の
両手で頭を抱えたままカウンターに突っ伏す。
「昨日まで、二人の関係には何の問題もなかったのに! 入社式で出会って一年、僕たちは着実に愛を育んで来ました。一体、彼女に何が起こったんだ? 悪夢としか思えない、でなきゃ悪い魔法にかけられた?」
及川慧太さんはそのまま
「僕が何度理由を訊いても、彼女はゴメンナサイの一点張り。もうこれ以上、お付き合いできない、サヨウナラ、私のことは忘れて、と繰り返すだけ。ああ、僕はどうすればいい? とにかく、どうかお力をお貸しください」
「残念ながら」
姿勢を正して、僕はきっぱりと言った。
「お力にはなれません」
「え? どうしてです? HPには〈どんな謎も解く〉って書いてあるじゃないですか」
「あのキャッチコピーは言葉足らずでした。すみません、謝ります。正確にお伝えしますと、その種の――要するに恋愛に
「ラノベやファンタジー系はカテゴリーエラーってこと?」
「そうですね。もっと厳密に言うと、今回の件は全く
そう、僕に何ができる? 事実、何もできなかった。僕自身、かつて一度、なすすべもなく大切な人を……
あれは痛恨のミスだった。どんなに悔やんでも塗り替えられない過去へと
「そんな……」
「ご希望に添えず本当に申し訳ありません――」
「うそーーー!」
夕方。下校時に例のごとく僕の店へ立ち寄った来海サンの第一声はこれだった。
「そんなことってある? 信じられないっ」
「だけど、事実なんだよ」
「有り得ないわ。あの二人が破局するなんて。そして、それ以上に、持ち込まれた〈謎の依頼〉を
「いや、こればかりは手に負えない。君も憶えておいてくれ、恋愛系は安易に請け負うべきじゃない。僕ら画材屋探偵の守備範囲外だってこと――って、おい、聞いてる?」
「あ! あれ、梓さんだわ!」
「?」
ちょうどこの時、店のウィンドウを
刹那、走り出す来海サン。
「待てよ、来海サン、君、
慌てて引き留めようとしたが、もう遅い。全く、この相棒の爆発的な行動力たるや!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます