第34話 窓辺の乙女〈3〉

 翌朝早く、僕は矢仙さんに電話して、以下のことを要望した。

 実際に郡樺音さんの自宅を訪れ、彼女の部屋で絵を捜させてほしい。その際、僕の相棒の来海サンも同伴することを許していただきたい――

 これには、向こうのご家族の了解が必要だ。

 即、矢仙さんから折り返しの電話があり、全てOKとのこと。


 西区舟入幸町の住宅地。

 樺音さんのご両親は快く僕と来海サンを迎え入れてくれた。

 挨拶の後、真新しい仏壇に線香をあげてから、矢仙さんに導かれて僕たちは樺音さんの部屋へ入る。

 部屋を一瞥いちべつした後、僕はすぐにエレクターの前へ行きそこに保管された作品を一つ一つ点検した。

 昨日の宣言通り、来海サンは一歩退しりぞいて、矢仙さんと並んで僕の行動を静かに見守っている。

 さほど時間はかからなかった。

 僕は一つのカンバスを引き抜いた。

「これだと思います」

「え?」

 驚愕する矢仙さん。

「確かにサイズはいっしょだけど――でも、絵柄が全然違いますよ」

 彼が吃驚するのも無理はない。僕が手にしている絵は、〈能装束の翁が描かれた白磁の花瓶に薔薇を活けた〉――静物画だ。

 その絵を唇を噛んでじっと見入っていた矢仙さんが顔を上げてつぶやいた。

「まぁ……薔薇、という点は繋がりがあります。当たらずと言えども遠からずですね。僕、小学5年の歳から樺音の誕生日に赤いバラを一本、プレゼントして来たんです。花言葉が『あなたを愛しています』だと知った少年の大決心というわけです。とはいえ、花束ブーケなんてとても無理、ちょうど手中のお小遣いで買えたのが一本だった。でも、樺音はそれを面白がって『これからは毎年一本だけちょうだい』って言ったんです。彼女にはそう言う悪戯心というか、ユーモアがあって……勿論、高校生、大学生になってバイトで得たお金で、レストランで御馳走したり、ちょっとしたアクセサリーや小物なんかも贈ったんですが、花に関しては約束通り一本ずつを貫きました」

 聡明な相棒・来海サンが尋ねた。

「あの、よろしければ、樺音さんのお歳とお誕生日を教えていただけませんか?」

「僕たちは同級生で今年で25歳、樺音の誕生日は僕の2か月後、六月九日です」

 改めて感慨深く絵を眺める矢仙さん。

「そうか、色々あって忘れてたけど、もうじきだ……」

 来海サンも絵を見つめながら静かに言った。

「小5なら11歳、花瓶の薔薇は13本だから、矢仙さんが今までに贈った薔薇ということで数はピッタリ合っていますね?」

 流石、僕の相棒、援護射撃を感謝する!

 彼女の指摘に小さく頷いてから、僕は言った。

「矢仙さん、今の薔薇のエピソードをお聞きして、僕も確信しました。やはり、贈り物の絵はこれです」

「で、でも、絵柄が――絵柄が全く違いますよ。僕が見たのはこれじゃない」

 困惑する青年に僕はきっぱりと告げた。

「これがその絵である〈理由〉と〈証拠〉をこれから説明します。ですが、僕としてはその場に樺音さんのご両親が立ち会ってくださることを希望します。矢仙さん、あなたからお二人のご意見を確認していただけませんか?」

「……わかりました」

 矢仙さんが階下へ降り、ご両親にその旨を告げ、承諾を得た。但し、まだ娘の部屋へ入る決心がつかないという二人に配慮して絵を携えて僕たちが一階リビングに移動する。

 その場所で、ご両親、矢仙さん、来海サンを前に僕は全てを明確にするために話し始めた。

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