[37] 引率

 ドゥギャリテは先頭にたって無造作に森を歩いていく。軽い足取りで前方だけを見ている。右も左も後ろもまるで見ていない。少なくともその背中を追っている篠崎にはそういうふうに見える。

 彼の構造を見た目通りに捉えるべきではないかもしれない。彼は人間とはかけ離れた存在だ。がそうした条件を差し引いても、特に警戒しているようには思えない。安全の確保された森にピックニックにでかけてるみたいな感じ、とでも言えばいいのだろうか、危険など完全に考慮せず足を進めていく。

 実際のところその観察は当たっていた。彼は少しも警戒などしていなかった。なぜなら彼には警戒する必要がないから。最初のうち篠崎たちは気を張っていたが、途中からバカらしくなってそれもやめた。


 あまりにドゥギャリテの力は圧倒的すぎた。

 王国と魔王領の境界に広がる森。魔力の色濃く漂う土地が野放しにされている。そこに生息する魔獣が弱いわけがない。むしろけた違いに強い。具体的には前に遭遇した熊の魔獣・赤眼、結局あの時は3人がかりで撤退させることしかできなかった相手、あれがごろごろいる感じだ。想像するだけでぞっとする。

 ゲームで言えばラスボスの待ってるラストダンジョン、以前のボスクラスと普通にエンカウントするような場所。篠崎たちの適正レベルをはるかに逸脱している。そんな魔境をドゥギャリテは近所を散歩する程度の気軽さですいすい歩く。


 多分やろうと思えば後ろをついてくる2人の召喚勇者のことなど、いともたやすくひねりつぶせるのだろう。それをしないのは魔王から森の民の里まで篠崎らを送り届けるよう命令されているからだ。あるいは殺すように命令されていないから。

 ドゥギャリテの魔王に対する忠誠にはすさまじいものがある。大山田も魔王には敬意を払っていたが、それとは比べ物にならない。まったく質が異なる感情。おそらくドゥギャリテは魔王の命令ならば、どんなことでもためらいなくやる。

 ただし魔王の方に関してはその忠誠に若干困惑しているようなところも感じられた。自分はそれほどの忠誠を得られる存在ではないといったような。あの人のことも十分に理解できているわけではないから、それも見せかけにすぎないのかもしれないけど。

 ドゥギャリテは何も語らない。黙々と森を歩いていった。引率がそんな調子だから篠崎と佐原も言葉を交わさなかった。そんなこんなで3日がすぎた。


「森の民は定まった住居を持たない」

 朝食をとって早速歩き始めて、まだ太陽のてっぺんに上る前、いつもと変わらぬ歩調で進みながら、振り返ることすらせずに、いきなりドゥギャリテは声を発した。

 速いペースで森を歩く事には随分慣れてきた。かわりに会話をすることを忘れてしまっていた。

 不意うちのドゥギャリテの発言に何がなんだかわからなくて、少しのタイムラグを経て、それが自分たちに向けられた言葉なのだと理解できた。こちらのそんな戸惑いなど気にすることなく彼はつづけた。


「彼らは境界を無視し拡散する。王国も魔王領も関係ない。そうした体系に束縛されない。森とその周辺であれば出現しうる。どこにでもいて、どこにもいない。森の近くの小屋に暮らしていることもある。一時的なことだが。その小屋を破壊することにあまり意味はない。彼らはそれに執着していない。それが必要なら、また作ればいいと思っている。必要がなければ、壊れたままで構わない。里といってもそこは連絡のための中継地点にすぎない。一定数の森の民が滞在している可能性はあるが必ずではない。小屋がいくつか並んでいる。例えその里が襲撃されたとしても、彼らにとってはたいした痛手にはならない。もとより所有するものが少ない。彼らは常に広がっている。消滅させるなら個別に叩くしかないだろう。けれども方々に散らばったそれらをいちいち潰していくのは現実的とは言えない。あるいは森をすべて焼き尽くしてしまえば、彼らの居場所はなくなってしまう。ただこれも実現可能とは言えない。もっともあえて滅ぼそうと考えるものもいないだろうが。彼らはだれの味方にも敵にもならない。歴史によってそれは保証されている。その形成するネットワークは情報の収集伝達において非常に有用なものだ。何度かその独占的な利用を求めたものが出てきた。愚かなことに。いずれの場合も彼らはその提案にのらなかった。なんらかの主義主張に基づく判断ではない。もっと深い生理に根差した何かだ。他から一定の距離を保った存在であることに、なんらかの意義を見いだしている」


 篠崎と佐原の反応なんていっさい気にすることなしに、ドゥギャリテはつらつらそんなことを語った。

 どうしていきなり語りだしたのか? おそらく森の民の里が近いからだろう。引率の先生による目的地直前の注意事項の伝達というやつ。

 結局なんだかんだあって、彼は召喚勇者の世話役みたいなことをやっている。不思議なめぐりあわせもあるもんだ、案外彼はそういう仕事が向いているのかもしれない、そんなことを思った。

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