[14] 下宿
城の連中を信用してはいないがさりとて敵対する予定もなくて、つまりは彼らに完全に依存するわけにはいかないけれどまったくつながりを断ってしまうというのも困る。
ということでゆるやかな距離を保ったいい具合の関係を保つために、篠崎らは城を出てからの下宿先をゴングに紹介してもらうことになった。
ゴングは城下にも顔が広いらしくこちらの条件にあった下宿先をあっさり見つけてきてくれた。
向こうとしてはどう思っているのだろう?
こっちを城の中にどうしてもとどめておきたいという風ではなくて、そもそも初日の時点で西川らは旅立っていったわけだし、まあそれこそ1クラス丸ごと召喚したのだから1人1人には細かく気を配ってはいないということか。
当分の支払いは城が持ってくれることになったが、できれば早いうちに自分たちでなんとかできるよう、生活を成り立たせたい。なんだか仕送りしながら一人暮らしている大学生みたいな状況で、まあだいたいそんなような感じなのかもしれない。
さて下宿するにあたって何か手土産でも持って行った方がいいだろうかというようなことを不意に篠崎は思いついて、それを思いついたのがちょうど庭で干し肉づくりをしていたところだったから、傍にいた料理番のおばさんに相談した。
やせたおばさんの話。
「お土産かい、いい考えだね。けどもあんまり豪華なものをもってくのは感心しないよ。ある時、金持ちのお坊ちゃんがいて黄金の塊を持ってたってね、それはもうあんたの頭ぐらいあるとてもでかい黄金の塊でね、下宿先の人も驚いたろうね、あらまあこんなものいただけないですってはじめは言ったんだけども強引に押し付けられてね、ついには受け取ることになったんだって。それがその人だっていたって普通の生活をおくってきたいたって普通の人だったのに、それからもしばらくは普通の生活をおくってたのに、その黄金の塊を眺めてるうちに気が変になっちゃってね、要するに欲にとりつかれちまったんだよ、もっと欲しくてたまらなくなって、その金持ちのお坊ちゃんが眠ってる隙に頭を切り落として全財産を奪っちまったって話だよ。怖いね、ろくなもんじゃないよ。金があるやつはいつどこで食い殺されたっておかしくないんだよ」
太ったおばさんの話。
「いやいやあんた、手ぶらで行こうってのかい、そいつは道理が通っちゃいないよ。いいかいあんたらはこれから世話になるんだよ、そこのところをはき違えちゃいけない。金銭のやりとりだけじゃ話はすまないんだよ、人間を相手にしてるんだからね。同じ金をもらうにしたって気のいいやつからもらうのと気の悪いやつからもらうのとじゃあ、どうしても扱いに差は出てくるってこいつは仕方のないことだよ、人間だから。昔、手ぶらで下宿先にやってきた陰気な男がいてね、金払いはきちんとしてるんだがあいさつひとつしやしない。周りの人もあいつはなんだ、薄気味悪いね、いるんだかいないんだかよくわからないよって噂しあってね、年季が明けてそのままそこにいつこうと考えてたらしいんだけど、荷物を全部通りに運び出されてそいつも追い出されてたって話だよ。その後、その家はその陰気な男に呪われてぼろぼろに崩れたって聞いたけどそこのところはどうなんだろうね」
それらの話をまとめた結果、自分らでつくった干し肉をほどよい程度に持ってくことになったのだけれど、紹介された街の外縁近くにある石造りの古い家に出向いてそこのばあさんに「お世話になります」と手渡したところ、彼女はそれを一瞥してからふんと鼻で笑っただけだった。
よかったんだかわるかったんだか知れない。
篠崎と栗木と佐原の3人で2階にある一部屋を間借りすることになっていて、城にいた頃より人数は1人減ったものの部屋も少し狭くなっていたので、結局のところあまり変わらなかった。
もともと持ち物は少ないせいで狭さは感じなかったがしかしこれからものが増えてくるようになれば不自由に覚えることもあるだろう。
夕飯時、1階の食堂に降りて3人そろって食事をとる。うちで食うなら多少サービスしてやるよという話でそういうことならとりあえずその話に乗ってみることにしたのだった。
食堂はここに泊っている人だけじゃなく近所の人もやってくるようで、顔なじみを増やしておきたいという考えもあった。
しかしどうも雰囲気がおかしい。3人組の近くに座る人は現れず、どころか彼らを遠巻きに眺めてなにやらこそこそとささやきあっている。
これがこの世界の人々の標準的な食事風景というわけではないのはわかっていて、城で兵士と同席することはあったがそんなことはなかったから。
断片的に聞こえてきた話を総合したところ、どうやら自分たちが召喚された勇者であるということは伝え広まっていてそれ故に敬遠されているようだった。
諸手をあげて歓迎されるとは思ってなかったが、こんな扱いを受けるとも想定はしていなかった。
どういうわけなのか?
ばあさんは無言で各テーブルを回って食事を置いていく。
ものすごく見慣れた硬いパンとごっちゃ煮スープに、よく知っている知り尽くしている干し肉、あとは赤い色をしたワイン。
それらを配り終えてそれからしわがれているのによく通る声でばあさんは言った。
「この干し肉はそこにいる小僧どもの手土産だ、おごりだよ。ありがたく食いな」
篠崎は驚き、栗木と佐原と顔を見合わせる。
食堂がざわついたが多分それは自分たちにとっていい方向のざわつきなんだろうなと篠崎は思った。
あのばあさんは愛想はいいとは言えないが割合いい人なんじゃないかとも思った。あるいは長い付き合いになるのだとしたらいい人であれと思った。
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