[13] 野外

 城を出て、街を抜け、門を通り、森を歩く。

 肩に背にずしりと重さがのしかかる。篠崎は前だけを見て一歩一歩大地を踏みしめながら進む。

 大事なのはバランスだ、とゴングが言っていた。前と後ろ、左と右、それからなにより体力と魔力のバランス。

 どちらか一方に偏って消費するのはよくない、どちらも同じくらい使っていった方が長持ちする。


 ちょうど栗木のケガが治ったタイミングで新米兵士向けの野外演習が行われるということで3人はそれに参加することにした。

 模擬戦を経て強く痛感したことにスタミナの不足があった。

 一発勝負を仕掛けるなら短期決戦でなんとかごまかしはきくかもしれない。けれどもつづけることを考えた時それではだめだ、基本的に安全勝ちを狙っていかなければ命がいくつあっても足りない。


 支給されたブーツの分厚い靴底を通じてなお足裏に不安定な感覚がつたわってくる。

 無理をしてはいけない、自分の限界を見極めろ。限界を超えて倒れてしまっては周りに多大な迷惑をかけることになる。

 そうなってしまうよりは事前に頼った方が迷惑が少なくていい。そうしてそれらの見極めは自分自身によって行われなければならない。

 自身を例に考えればわかるように他人を見ている余裕など残っていないのだから。


 小学校の頃の遠足を思い出す。まるで状況は異なっているのに。

 それはある種の逃避行動なのかもしれない。

 背中のリュックサックに入っていたのはお弁当とおやつだけ。随分軽い。それなのに疲れるだのなんだの不平を言っていた。そう言えばいつもうまい棒が入っていたな。

 なんでだったっけ? そうだ、300円ぎりぎりまでお菓子を買おうとしてたからだ。ひどく単純な事実。


 目的地にたどりつく。

 といっても何があるわけでもない。森の中ぽっかりと木の生えそろっていない空き地。

 なんとか最後まで歩きぬくことができた。ほとんど倒れこむようにして地べたに座った。

 久しぶりに佐原と栗木の顔を見たような気がする。お互いに言葉は出ない。

 目と目でもって健闘をたたえ合う。おめでとう。よくやった。お前こそ。ありがとう。どういたしまして。


 水を飲み、握り飯をむさぼりくらう。

 最初のうちは無理やりに口の中に突っ込んでいたのだけれども途中から止まらなくなる。

 塩と米がこんなにもうまいものだとは知らなかった。さすがに感動で涙があふれたりはしないが。

 あるいは体の方でそんなことで塩分と水分を無駄にしてられないと冷静に判断しているのかもしれない。

 それはあまりにケチくさい考え方なのだろうか。


 あたりを見渡す余裕が生まれる。森は森で記憶の中のそれと比較して大きな違いはないように思える。

 なじみのない木が生えているような気がするが元の世界にだって自分の見たことのない木はあるだろう。植物に詳しいわけではないからはっきりしたことは何も言えない。

 立ち上がってみる。体力が半分ぐらいまで回復していた。


 休憩は終わり、午後からが野外演習の本番だ。森に棲む魔物を狩る。

 三角兎と書いてミツツノウサギと読む。その名の通りに頭に3本の角が生えた兎。体自体も知っている兎よりも二回りほどでかい。

 お前らの実力ならまあ後れをとることはないだろうから好きにやってみなと言われる。


 篠崎はまず攻撃を警戒して大盾を構えてみた。待つ。襲ってこない。自ら積極的に攻撃してくるタイプではないらしい。

 しびれを切らして栗木が斬りかかった。大きく外す。兎は逃げていった。

 このまま考えなしじゃだめだ、作戦をたてる必要がある。


 2回目の挑戦。まずは佐原が火球によって三角兎を追い立てる。篠崎が大盾でもって行動範囲を狭めて逃げ道をふさいでいく。身動きのとれなくなったところで栗木が大剣を振り下ろし仕留める。

 これがばっちりはまった。5匹目ぐらいで動きが洗練されてくる。兎の動きは直線的で簡単に追い詰めることができた。

 けれども10匹を超えたところでやりすぎだとストップをかけられた。

 ゴングの言葉は間違っていなかったと実感する。自分たちは成長して確かに戦える力を得た。まだまだてっぺんには程遠いのかもしれないが初めからそんなものを目指してはいない。


 直火で焼いた兎肉を噛みしめる。野性味あふれる味わい。よく噛まなければ飲み込みきれない。

 少し前まではこれをうまいとは思えなかったかもしれない、今となってはそんな過去の自分を軟弱だと思う。

「この世界は虚構じゃない。少なくともここに生きる人々にとってはまぎれもなく現実だ」

 夜、焚火を見つめながら佐原が言った。栗木は先に寝てしまっている。


 ぱちぱちと薪の弾ける音。

 それは篠崎も考えていたことだった。

 城の中だけじゃない。城下町に森まで広がる。

 何かの撮影セットにしては大掛かりにすぎると自信をもって言い切ることができた。

「そうだな。ドキュメンタリー映像を撮りたかったにしても役者がつまらないリアクションしかしてないから、とっくに打ち切られてるだろうよ」


 篠崎は自分でわかっていながらつまらない冗談で返した。

 佐原もこの話題を真剣につづけたところでたいして得るものはないとわかっていたのか鼻でわらってくれる。

 火の粉が暗闇の中に消えていく。炎が揺れて佐原の顔が見えなくなる。

 だから彼がどんな顔をして次の言葉を口にしたのか篠崎にはわからなかった。

「ディエスが消えた。何かが動き出してる。僕たちも安穏としてはいられないのかもしれない」

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