[16] 小屋
翌朝、街の外に出る。下宿自体がその外縁にあったからたいして時間はかからなかった。
昨日、飲み食いしながらだいたいにおいてゾキエフのことを信用できると思ったので、何か自分らにできる仕事はないだろうかと尋ねてみた。
彼は城とは別の権力機構に属する人間のようだったから都合がよかったのだ。城ばかりに頼っていては危険じゃないかと感じていたから。
ゾキエフは唐突にこの干し肉はどうしたんだときいてきて、それは自分らで狩って作ったのだと栗木が自慢げに答えると、そういうことならちょうどいい相手がいると紹介してくれることになった。
話はこっちでつけておくから明日の朝に訪ねてみろという言葉通りに訪ねてみれば、街と森との境目に掘っ立て小屋が一軒建っていた。そしてその近くに切り株がひとつあって、そこに男が一人座って空へと煙を上げていた。
「まああいつは変わった奴だがお前らのことを気に入ったらいろいろ教えてくれるだろう」
ゾキエフがそんなことを言っていたのを篠崎は思い出す。
確かに『変わった奴』だった。その男が異質であることは一目でわかった。
暗くよどんだ瞳に、無造作に伸びた髭。そしてゴングのように外に向かって威圧するのではなく、内へ内へと力を集中する方向に鍛え抜かれ、無駄をそぎ落とされた肉体。
その男のまとう空気はどこまでも静かで、背景の森に溶け込んでいて、篠崎はそれに恐怖の感情すら抱いた。
「ゾキエフさんからの紹介で来ました」
そう言って佐原は綺麗な所作で礼をする。
男は一瞬だけこちらに目線をよこしてから、また森へと戻すと、「狩りの経験は?」とひどく低い声でつぶやいた。その態度に篠崎はまるで自分らも森の風景の一部になったみたいに感じた。
佐原は軍の訓練についていって三角兎を狩った経験があることを説明する。
それに対して相槌一つ返さなかったが、聞いてはいたのだろう、話が終わるなり男は立ち上がった。そしてそのまますたすたと森に向かって歩き出す。
「俺はサク、お前らは?」
その質問が自分たちに向けられていて、名前を問われているのだというのに気づくのに、少し時間がかかった。
「佐原と申します」「栗木っす」「篠崎です」
三人は顔を見合わせてから男のあとをついて森へと足を踏み入れる。
前の時とは人数も違えば歩いている道も違うのだろう、視界が狭く暗い。前を歩く男がほとんど口を開かないことも関係しているかもしれない、心理的な不安がつきまとう。
サクはこちらを振り返ることなく木々の間を分け入っていく。その足取りは確かでそこに道などないのに彼にだけそれが見えているかのようだ。
必死になってついていく。自然と複雑なことは考えられなくなっていた。
ただ目の前を歩く狩人の男の運動を観察する。足の動き、手の動き、目線の動き、マネできそうなものはマネしてやってみる。全身を使って森を泳ぎ渡る。
まったく別の世界にやってきた気がした――いやまあもともとここが異世界なんだけどさ。
木のまばらに生えた、少し明かりの差し込むところでサクは立ち止まる。何も言わない。が、どうやら休憩ということらしい。木に背を預けて休んでいる。
篠崎らも同様にして体を休める。水筒をとり出して一口含んだ。うまい。用意しておいてよかった。
ゾキエフに言われていた。あいつは何を考えているのかよくわからん奴だから出会うなりすぐさま森に飛び込んで実践訓練なんてことも十分あり得るぞ、と。まったくその通りだった。
「外部展開が得意な奴はいるか?」サクが前触れなしに言った。
「僕です。ほか2人は苦手です」佐原がそれにこたえた。
「ならお前が狩りの要だ。感覚を薄く広げろ、森にいるすべてを探知するんだ」
篠崎には最初それが何の話なんだかわからなかった。ゆっくり考えてみてそれから、ああ、魔法の話をしているんだなと気づいた。
「お前ら2人は追い立てるのが役目だ。できる限りでいい、周辺の気配を探れ。そうしながら獲物をポイントまで追い詰めろ」
サクは今度は篠崎と栗木へと目線を合わせてそう言うと、それでもう話はすべて終わりだと立ち上がってまた木々の中へと入っていく。
慌てて水筒を片づければ3人はなんとかかんとかその背中を追いかけた。
確かに変わった人でずいぶんと厳しい人のように思える。
けれどもひたすらそれに付きあって森の中で呼吸を繰り返すうちに、少しずつ彼のことが、それからこの空間のことが理解できるのかもしれない、そんなような気がした。
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