[17] 川原
10日すぎた。朝目覚めてサクを訪ねて森に入っての繰り返し。
あいかわらず彼の言葉は少なかったが、次第に彼から得るものは大きくなっていった。
まず森の中での動き方。1日目は帰って飯食ってそれから倒れるように眠った。
3日もつづけば慣れてきて、どう動けばエネルギーの消費が少なくなるのかちょっとずつわかってきた。
そうすれば今度は魔力の展開に気を配る余裕が出てくる。あたりの気配をうっすらと感じ取れるようになる。3人の中でその効果が特に顕著だったのはもちろん佐原で、探知範囲が徐々に広がっていった。
さすがに森全域とはいかないが、大きめの生命を探知するだけならだいたい300M先ぐらいまでできるようになった(本人の申告によるものなのでそのうち要検証)。
それからサクが何をしているのか少しだけわかるようになった。
彼は魔法だけに頼ることなく常に感覚すべてを使って森を読んでいる。基本は間違い探しで何かの変化を感じ取る、その違和感をもとに見るべき場所を絞っている、といった感じ。
進みながらひょいひょいと山菜やら茸やらを拾い上げていく。必ず少量残すのは彼なりのルールなのだろう。3人はそのやり方にならうことにした。
ある時、サクが不意にナイフを投げたことがあった。すっと空中を滑った刃物は青い蛇の頭を木の幹へと縫いつけた。慣れた手際でその血を抜けば、彼はその蛇を背中のザックに放り投げていた。
その一連の所作は自然なもので彼にとってそれはなんてことのない生活の一場面にすぎないのだと見ていてわかった。
特別なところなく森に溶け込むことこそがひとつの奥義なのではないかと篠崎は思ったが、それに達するにはもっともっと長い時間が必要で、自分たちには到底真似できないことだとも同時に思った。
突発的にBBQをすることになった。サクの中ではすでに決まっていたことだったのかもしれないけれど、そのあたりの説明は一切なかったら少なくとも篠崎らにとっては突発的な出来事だった。
川のほとりにつくなりサクは食えるものをなんでもとってこいと言った。言いながら方々から木の枝を拾ってきては焚火のために組みあげていった。
3人は手分けして蛇蛙兎山菜茸木の実、食えそうだと思ったものをかき集める。サクはそれを受けとっては手持ちのナイフで捌いて火にあてる。
なんの準備もしてなかったはずなのにずいぶんと豪勢な食事になった、とそのように篠崎には思えた。
あるいは全然そんなことはなかったのかもしれないけど、ともかく篠崎にはそれがそういう風に思えるように感覚が変化していた。
食後、サクは手を止め3人をじっと眺める。それはいつにないことで篠崎は少しだけ緊張して、ついでその視線から出会った時のことを思い出す。その視線に遭遇したのは初めてのことではなかった。
「小屋はお前らにくれてやる」とサクは言う。そして背嚢から一本の黒い棒を取り出すと、佐原にそれを手渡した。「こいつも好きに使うがいい」
その棒を受けとった瞬間に佐原の体が大きく震えたように見えた。篠崎にはそれがなんであるのかまるで見当がつかなかったが、佐原はサクに向かって深く頭を下げた。
サクは無言で立ち上がれば背を向けて歩き出す。すぐにその後ろ姿は木々に隠れて見えなくなった。その背中をもう追う必要がないことは3人ともわかっていた。
翌日、小屋にサクはいなかった。
森からの帰り道、篠崎は佐原に尋ねた。
「あのもらってた黒い棒みたいなの何?」
「俺も気になってたわ、あれなんなん?」栗木も会話に入ってくる。
「黒杖だよ」
「コクジョウ?」
「名前だけ言われてもわからん」
「いや僕も本で読んだことがあったなんだけどね」
言いながら佐原はその黒杖とやらを取り出して話をつづけた。
「簡単に言えば魔力に強い指向性を与えるための武器、かな。これがあると遠距離に魔法を放つのが楽になる、って話」
「いやただの棒にしかみえんわけだが」受け取ってじっくり眺めてみたが篠崎にはそうとしか思えなかった。
「多分もとの素材は木でそこに魔力が一定の方向に流れるように加工されてるんだと思う。具体的な方法はまったく見当つかないけど」
「そんな珍しい代物なのか、これが?」佐原も黒杖を手に取ると、ひっくり返したり疑わしそうに見ている。
「黒杖の製造は秘術のようなんだ。特定の集団の中でしか継承されていない。その人々は森の民なんて呼ばれてるそうだよ」
「森の民……エルフみたいのがこの世界にはいるってのか!」話が急にファンタジーじみてきて、篠崎はテンションがぐっと上がった。
それを見て佐原は目をそらしてから首を振った。「おそらくそうじゃない。確証はないけれどサクさんが森の民なんじゃないかと思ってる」
「いやどう考えてもあのおっさん、エルフなんて柄じゃなかったろ」栗木の感想、篠崎も同意する。
「森の民って言っても姿かたちの違う異種族じゃなくて、町で暮らす人とは違う生活をしてる人々ってだけなんじゃないかな、僕の考えになるけど」
篠崎は佐原の言葉をゆっくり頭の中で咀嚼してみる。
確かにサクには今まで会った人物の中で一番異質な雰囲気があった。そもそも生活場所が違っていて彼が町の中に入ってくることはなかった。
「なんだか夢のない話だな」栗木がぽつりとつぶやく。
「ここは夢の中なんかじゃないってことなんだろうね、きっと」何かをじんわりと噛みしめるように、佐原は言った。
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