[18] 依頼

 くれてやると言われた森の近くの小屋だったが、3人で住むには手狭だったので、そのまま下宿で暮らして、小屋の方は森に入る前の休憩所として使うことにした。

 装備を最終確認したり、細かい部分について打合せしたり、あるいは雑談したり、街から森へと入るにあたって意識を切り替えるのにちょうどよかった。


 篠崎は長剣一本と短剣一本を森に持ち込むことにしている。

 長剣の方は動物と対したときのために、といっても大物の相手は佐原の遠距離攻撃にまかせることになるが。短剣の方はあると何かと便利だから。

 3人はほとんど毎日朝から森へと入って日が沈む前に森から出た。

 山菜やら茸やらを採集しつつ、鳥やら兎やらを狩猟する。深いところには立ち入らない。積極的に大物に狙いを絞ることもしていない。現時点では。


 山菜その他は下宿のばあさん、肉の類はゾキエフの伝手を頼って売りさばいた。たまに意外なものが高値になったりして驚く。まだまだわからないことが多い。

 そうやっていくらか収入が安定してきた頃、珍しいことに小屋に来客があった。朝方、そろそろ森に行こうかなとしていたところ、ノックの音がして扉を開けて入ってきたのはゾキエフだった。

 「ちょっといいか」と言いながら坊主はほとんど丸太のままの簡素な椅子に腰をおろすと、3人の面を順にゆっくりとながめてから「お前らに依頼がある」とつづけた。


 東に2日ほど歩いたところに村がある。道なりに進めばたどりつくから迷うことはないだろう。

 そこの村の教会の坊主から連絡があった。なにやら近辺に大型の動物が出没するらしい。

 まず村人の1人が森の浅いところで慌てて走って逃げてくる鹿に出くわした。それから大木がなかほどでへし折られていることもあった。

 ためしに罠を仕掛けてみたが丸ごと破壊された。近頃は放し飼いにしてる犬が夜に騒ぐという。

 村の周りを囲っている柵に深くえぐるような爪痕も見つかったそうだ。今のところ被害はないがこのまま何もない状態がつづくとは思えない。


 第一目標は調査、どういった存在が徘徊しているのか調べることを優先する。可能であればそれを殲滅して欲しいが、難しいようなら迷わず撤退すべき。

 サクがこの森をお前たちにまかせてどこかに行ったというのならこの件も3人で対処できるだろう、おそらく。

 この依頼はお前らが召喚された勇者だとかそういうのとは一切関係ない。なんの強制力もない。だから受けるかどうかは自分らで決めてくれ。

 依頼料は――結構な額でだいたい今の3人の稼ぎ2か月分といったところだった。


 3人は顔を見合わせる。いちいち相談するまでもなく答えは決まっていた。決まりきっていた。

 ずっと理由が必要だった。自分たちのための理由と、それから外に向けた理由とが。

 何の理由か? 街を離れて遠くに行ってみる理由が、だ。

 まあ今回はそんなに遠くでもないかもしれないが。初めてなのだからこれぐらいでいいだろう。

 篠崎が代表して一歩前に出る。そしてゾキエフの問いかけにこたえた。

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