[19] 出発

 篠崎と栗木は城から大盾と大剣を持ち出す。ついでにテントを借り受ける。

 その間に佐原は下宿のばあさんにしばらく家をあけると説明、それから食料の調達に出た。

 再び小屋で落ち合う。案外準備は簡単にすんだのでその日のうちに出発する。

 一応警戒しておいたが何事もなく道を進んでいく。当たり前だけど森と比べればめっちゃ歩きやすい、せいぜい背中の装備が邪魔なくらいか。

 1日目の夜、野宿。交代で見張りをたてるが異常なし。


 2日目、天気は晴れ、足取りは順調。警戒は怠らない、が何も事件は起こらない。何も起こらないというのが最良の結果だ。

 夜、干し肉(自家製)をかじりながら、ちょっとした相談。

 自分たちが召喚された勇者であることを村の人たちに知らせておくのか?

 ゾキエフは特に何も言わなかった。こちらで適当に判断しろということなんだろう。

 はじめて街に来た時からなんとなく感じていることがある。勇者の評判はあんまりよろしくない。

 面と向かって確かめたわけではないが、特に最初のうちは遠巻きに眺められていたようだった。いっしょに飯食ううちにそんな空気は薄れていったけど。


 果たしてその勇者に対する微妙な評価は街を外れた村まで広まっているのか? 広まっているのならばまず正直に打ち明けておいた方が相手の信頼を得られるのではないか?

 結局のところ結論はわからないに終わった。

 ただしこちらの言葉や仕草から現地の人間ではないことはいずればれるというのが3人の共通の見解だった。

 そうなった時には自分たちが勇者であることは認めることにしよう。けれどもそうでない限りは積極的に名乗るはやめておく。

 だいたいそんなところに話は落ち着いた。


 3日目、なおも街道を歩く。昼前に遠くの方に村の姿が見えてきた。

 村に入る。人々は遠巻きに眺めている、あやしいものを見るかのように。

 これは別段篠崎らが勇者とばれたわけではないだろう。見知らぬよそ者に対する当然のリアクション。

 まずは教会を探す。最悪の場合、人に尋ねることも考えたが、わりと簡単に見つかった。てっぺんに十字架をのっけた建物、すごくわかりやすい。

 すみませんと呼びかけてから中に入ればゾキエフと同じかたちの僧服に身を包んだ、やせっぽっちの男が1人。明らかに警戒しつつこちらを見てくる。


 といってもその態度はすぐに崩れる。背嚢からゾキエフの紹介状を取り出し渡した。何が書かれているかは知らないが、村の坊さんはうやうやしく3人に礼をする。

 そして「来て早々申し訳ないのですが――」と前置きした上で「今朝がた村の外周を囲う柵の一部が破壊されているのが発見されました。できれば早急に対応をお願いします」と言った。

 これはどうやら出発前に想定したよりも事態は切迫しているようだ。


 教会に荷物を置けば休む暇なく外へ出る。坊さんに案内をお願いして。現場検証。柵の破壊されたその場所へと向かう。

 3人が入ってきたのとは反対側、森の深い方へとつづく側、木材と縄でできた1Mぐらいの高さの柵が立ち並ぶ。その一部が抉り取られたようにごっそりとなくなっていた。

 周辺では村の人たちが柵を修復しようと忙しそうに働いている。坊さんに話を聞けば、間に合わせ程度のものであれば夕方までになんとか用意できるという。


 近くによってその破壊痕を観察する。硬い地面にも深くその痕跡が残っている。柵を構成していた材料は粉々に砕け散っていたそうだ。尋常の力ではない。

 正体不明の推定大型獣は深夜に柵を破壊して村に侵入。寄ってきた猟犬らに吠えたてられるもそのうち1匹を殺害し連れ去ったものと思われる。おそらく食料として。

 状況はあまりよろしくない。


 その獣はまた遠くないうちに襲撃してくる可能性が高い。そして今度は犬だけでなく人間を襲うという可能性もあった。

 篠崎は自分自身に言い聞かせる。

 あせってはいけない。自分たちは決してスーパーヒーローでもなんでもないのだ。登場しただけで一気に事態が好転するようなそんな特別な存在じゃない。

 だからせめて――自分にやれる最大限のことをやろう。


 栗木と佐原の方を見れば2人も真剣な顔つきで、同じ思いだと応えるようにうなずいた。

 篠崎は破壊された箇所に近づくと座り込む。目を閉じ感覚を研ぎ澄ませた。

 遠距離に意識を拡散させ索敵をかけるのはあんまり得意じゃない。けれども極近距離に残された魔力の痕跡を読み取るのは篠崎がもっとも上手だったりする。

 その破壊がどのようになされたのか、可能な限り情報を収集する。


 魔力構成は至極単純。複雑な仕掛けは一切ない。それだけに力強い。純粋な暴力。本能的な力の解放。躊躇はない。境界を定めない。圧倒的な物量にまかせてその力を振るう。

 痕跡を辿る。それは確かに村には入らず森の深くへと帰っている。

 その正体がなんであるのかまでは読み取れない。けれども好戦的で敵対的であるのは確か、出くわせば必ず戦闘になる。


 篠崎は2人と情報を共有、そのうえで対応を検討する。

 痕跡をたよりに森の中を探索するのか、それともここで夜を待ち迎撃するのか?

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