[20] 疑問

 柵の間際で焚火をおこす。

 相手の正体がはっきりしない状況で遭遇戦は危険すぎる、というのが3人の間で一致した意見だった。

 となれば迎撃戦に至るは必然で、教会に置いた荷物から必要なものだけ持ち出して、簡単な野営のための準備を整えた。


 日はすでに落ちきった。夜とともに東にのぼった青い星、あれを基準に夜をだいたい3等分する。1人がテントで寝て2人は外で見張る態勢。

 寝る順番はじゃんけんで決めたところ、篠崎、佐原、栗木の順になった。

 篠崎は夕飯をとるとすぐテントに入った。そんなに早く寝れるものでもないだろうと思っていたがいつまにか眠っていた。案外つかれていたのかもしれない。


 佐原に起こされ交代する。ひとまず最初の3分の1は何事も起こらなかったようだ。

 篠崎は栗木と2人、することもないので黙って森の奥を眺めた。

 深く暗闇を抱えこむ。そこに何がいるのだろうか。不明。どんな代物が飛び出してきてもおかしくない。

 ぱちぱちと定期的に薪の爆ぜる音がするだけ、村のなかはひっそりと静まり返っている。

 栗木が口を開いた。


「城によった時、相田と話したんだ」

「ああ」

 篠崎は短く相槌を返す。聞いているということだけ伝わるように。

 剣道部の相田。城にいた頃、栗木は相田に剣の扱いを教わっていた。

 栗木はゆっくりぽつぽつと語った。

「俺に、俺たちに人が斬れるだろうか。動物は斬れた。けれども人の形をしたもの、人に似ているもの、言葉が通じるもの、あるいは知ってるやつ……そんなのが出てきた時、俺にそいつがぶっ殺せるんだろうか」


 自分たちはこの世界に少しずつ適応しつつある。それは確かだ。

 普通に学校に通ってた頃は動物をこの手で直接殺すことなんてなかった。それが今は日常的に狩猟を行っている。生活のためだと割り切って。

 森の奥から何が出てくるのかわからない。それが人間みたいなかたちをしている時、同じように手を下すことができるのだろうか。


 何も自分たち人間という動物が特別な存在だと思ってるわけじゃない。ただ自分と似たものに対して攻撃するのはなんらかのためらいが生じる可能性がある。

 そしてそれがどの程度なのか、現時点でははかれない。

 想定されるよりずっと些細なものなのか、それとも絶対的な忌避感を覚えるほどなのか。

 わかっていることがあるとすれば直に敵と接することになる栗木にその負荷はもっとも強くかかってくるということだ。


 結局のところ――篠崎は栗木の疑問に対する答えを持たなかった。

 だからそのまま正直に言葉を返すことにした。

「わからん」

「そうか」

「まあいざその時になってどうしても斬れないってわかったら全力で3人で逃げ出そうぜ。俺も佐原もそのことでお前を責めたりはしねえよ」


 これはいわゆる無責任というやつだろうが知ったこっちゃない。あるいはすでに自分たちはそれを背負いすぎているのかもしれない。望んで背負った覚えはないけれど。

 篠崎と栗木はほとんど同時に短く笑いをこぼした。

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