[10] 決着
「それまで」
男の声はひどく冷たく聞こえてなぜだろうかと不思議に思って考えてみたところそれは男が自分たちにまったく関心がないせいだと気づいた。
その人を見定めるような目つきは覚えている、深く脳裏に刻み込まれている、あの階段の踊り場に立ってこちらを見下ろしていた騎士の男だった。
「筆頭騎士様の仰せのままに」
おどけたような口調でゴングはそう言うと立ち上がってざっと埃を払う。
すれ違いざまにぽんと篠崎の肩を叩けば「合格だ。よくやった」と小さな声でつぶやいた。
なんだかその瞬間に今までの緊張が一気にほどけてがくんと崩れ落ちそうだったところを大盾を支えにしてなんとか踏みとどまれた、そのことを褒めてほしいと篠崎は思った。
佐原は魔力を使い果たして座り込んでいるし、栗木に至ってはゴングの一撃を受けてひっくりかえったままだ。だいじょうぶなんだろうか、多分だいじょうぶだろう、ゆっくりと胸のあたりが上下している。
勝ったのか、勝ったはず。
いいのを一発入れるという勝利条件は満たした。それなのになんだろうこの満身創痍の死屍累々は。
自分たちが当事者のような気がしなくて目の前で動く人たちを篠崎は眺めていた。
ぼんやりとした嬉しさが胸の中にはあって体を動かす気がしない。
騎士は前と同じくこの場所にもう用はないとばかりにくるりと踵を返すとその背中は遠ざかっていく。
「待ってください」
そんな彼を呼び止める声が観衆の中から一つだけ上がってそれはだれであろう、間違えようもなく木村さんだった。
「大山田くん、初日からあなたにつかみかかろうとした男子学生、彼はどうなりましたか?」
つづく木村さんの問いかけに騎士は振り返る。
笑っていない。
ただただ突き放すように淡々と答えた。「治療中だ」
そうして彼は今度こそ立ち止まることなく去っていった。
忘れていたわけじゃない。
ただ目をそらそうとしていただけだ。なんだかんだと言い訳ばかりして。
だれだってそうだろう。
篠崎は自分が言い訳に言い訳を重ねているのだと理解してながらそれをつづけることにした。
心臓がじわじわと鼓動を大きくしていく。
これはなんのせいなのだろうか?
何もわからなかった。不安だけが募る。
つかれているから、多分きっとそうなのだろう。
佐原は夕食をとるとすぐに寝てしまった。魔力と体力は似たようなものでおいしいものを食べてぐっすり眠ればだいたい回復するという話で体感的にもそれは間違ってないような気がする。
栗木は模擬戦の後で調べたところ二三本骨が折れているとわかったが数日安静にしてれば問題ないそうだ。元気なことに横になったまま師匠の相田と感想戦をやっている。
なんとなく夜風に当たるべく篠崎が外へと出れば足はふらりと練兵場に向かう。
まるで失くした何かを探しているみたいに。
月明かりに影が一つ浮かび上がる、大男。ゴングが一人、酒を飲んでいた。
その風流な振舞いはどこか彼の姿には不釣り合いに見えた、失礼な話だけど。
ゴングは「よう」と口の中で小さく言うと篠崎に酒をすすめてきた。
「生の情報を集めたいなら酒場に出向くのが手っ取り早い。ただし酒場で酒を飲んでないやつは不審者だ」
もっともな話だと篠崎は思いそれを受け取れば木の器の中で紫色の液体が波うっている。
果物の甘い匂い、おそらく葡萄酒だろう。
酒を飲むのははじめてのことで少し動揺したけれども、国が違えば決まりは違う、どころか世界が違うのだから未成年の飲酒がどうこうなどと気にするのばかばかしい、そんなものはくそくらえだと思い直した。
えいやと一気に飲み干してやる。苦い、想像してた味と違った。喉が変な感じがする。
一人で目を白黒させていると胃のあたりがじんわりと暖かくなってきた。
慣れてしまえば、適当な付き合い方がわかれば、こいつは悪くないものなのかもしれない、おそらく。
まあ最悪の場合、酒場の出入りは栗木か佐原にまかせればいい、三人いるんだから一人ぐらいは酒と性に合うやつがいたっていいはずだ。
木の器を返せばゴングはそれにまたなみなみと酒を注いでぐいっと一息にあおる。
彼は月に目線をあわせたままぽつりとこぼした。「死ぬなよ」
つくづくそうした所作が似合わないおっさんだと篠崎は思ったけれども、自分だってそれに返す言葉がうまく見つけられなくて、とっさにでてきたのは「ありがとうございます」の一言だけだった。
まったくもってかっこつけるのはむずかしい。
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