[24] 演劇

 ――邪悪なるものどもよ。闇から生まれ闇に暮らし闇に消えていく。古より彼らはあった。だがしかし光の到来とともに人々は闇を打ち払い、その領域を広げていった。闇は片隅へと追いやられひっそりと生きるようになったのだ。


 ――ああ、けれども魔王は生まれる。この世界のありとあらゆる邪悪を統べるもの。その男は人と人の間に生まれた。生まれながらにして黒く邪悪な魔力をまとっていた。その誕生とともにあたりは闇に包まれそして壊れた。魔物たちは喜びの叫びをあげる。


 ――偉大なる我らが王よ。闇に生きるものたちにとっての祝福よ。我々は長年にわたって虐げられてきた。光によって閉所においやられた。今こそ反撃の時だ。悪しき者たちよ、王のもとに集え。愚かなる人間たちへと制裁を加えろ。我らの土地を奪いかえすのだ。


 ――人々は絶望する。魔王の力は圧倒的だ。その腕の一振りで数多の人が闇へと溶ける。老若男女関係なしに容赦なく食らい尽くす。人の中には友を裏切り魔に寝返るものもあった。彼らの魂は永久に落ちていくことになるだろう、決して救われることはない。


 ――大地は魔物たちによって食い荒らされ黒く染まった。善良なる人々は生まれた土地を追われ逃げ惑う。魔物に引き裂かれ、あるいはもう生きてはいけぬと多くの人が命を失くした。人の王は嘆き悲しんだ。強大なる邪悪を前にして苦しむ民のためにできることはあるのだろうか?


 ――光の神を崇めるものたちは心優しき王に協力する。主よ、どうか我らを助けたまえ。古の法にしたがい祈りを捧げる。3日3晩、休みなく祈りつづける。王もまた祈ることをやめなかった。どうかどうかか弱き我らに闇を打ち払う力を! 祈りは天に通じる。


 ――人間たちよ、安心するがいい。我々は神の名のもとにこの世界に降り立った。神は我々に1つの使命を与えた。それは魔王をうち倒し、この世界に再び光をもたらすことだ。我らが剣は悪しきものたちを斬り、我らが盾は善きものたち守る。遠からず闇は消え去るであろう。


 ――王は歓喜の涙を流す。おお、神が遣わし偉大なる勇者たちよ。我らが救いよ。どうか力なき民のために彼らを虐げる闇を滅ぼしたまえ。そのためには我は王として協力を惜しまない。聖なる剣の切っ先が魔王の心臓に届くよう、その道は必ずや我が切り開きましょうぞ。


 ――勇者は王の声にこたえる。感謝する。さあ我らとも戦おう。必ずや人間の敵を滅するのだ。光はさす。終わらない夜はない。朝日は再びのぼる。今がその時だ。行こう。神が我らの進むべき道を指し示してくれる。決して迷うことはない。ひたすらに前へと突き進むのだ。


 ――けれども魔王は狡猾にして卑劣であった。人心を操り勇者たちの心を惑わす。寸断された勇者たちはそれでも魔王を倒すべく歩を進めた。数々の罠をかいくぐり、仲間たちの屍をこえて、たった1人の勇者が魔王のもとへとたどりつく。魔王よ、お前もこれで終わりだ!


 ――魔王は笑った。弱き者よ、その傷だらけの体でいったいなにができるというのだ。剣を杖にして辛うじて立っている、今にも倒れそうではないか。ここまでやってきたのはほめてやろう。けれどももう終わりなのはお前の方だ。私が手を下さずともお前は死んでいく。


 ――勇者もまた笑った。ああ、そうだ。その通りだ。俺は遅からず死ぬだろう。お前に傷の一つもつけられないまま。だが俺は1人じゃない。たくさんの仲間がいる。いずれ他の勇者がこの地にたどり着くことだろう。この俺の開いた道を通って。その時が、その時こそが!


 ――魔王は苛立ちのあまりその右腕を振り払っていた。ぐちゅりと音を立てて勇者は潰れた。あっけない最後だった。絨毯の上に赤黒い染み1つが残った。それだけ。魔王は大きく舌打ちをした。たった今まで勇者の立っていたその場所をにらみつける。


 ――おもしろくない。まったくおもしろくない。勇者がなんだって? いくらでもやってくるがいい。どうせどれも劣らずくだらないゴミみたいなものだ。そんなものこの我の一撃でいくらでも葬り去ってやろう。お前の死に何一つ意味はなかった。無駄だったのだ。


 ――ああ、夜の闇を恐れないものよ、昼の光に怯えるものよ。お前は強い。だがお前が思っているほどには強くはない。勇者たちは今もお前の城へと向かっている。その歩みを止めることはありえない。聖なる剣はいつかきっとお前の心臓を引き裂くことだろう。


 ――希望を捨てるな。勇者の剣は絶対に魔王の心臓に届く。そう古より定められている。偉大なる予言者の言葉は叶えられる。それはすでに事実である。祈ることをやめてはいけない。迷うな、迷いは魔につけいる隙を与える。神を、勇者たちを信じつづけるのです。


 ――その先に光は待っている。復活の時は近い。

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