[25] 教会

 意味深なつぶやきだけ残してゾキエフは席を離れていった。

 いやいやそんなこと言ってどうするつもりなのだと篠崎は口の中の酒が不味くなるのを感じたが、さらにそいつを追加の酒で流し込んでやれば、不気味な感覚は消え去っていった。酒の力は偉大である。

 アルコールで喉を潤しながら考えた。これってすぐさまゾキエフを追いかけて問い詰めた方がいいやつだろうか。ちらりと同じテーブルの友人らに目をやる。2人ともなんとも微妙な表情をしている。


「明日にしよう!」

 木のコップを勢いよく机に叩きつけて、篠崎は言った。今の状態で話を聞いてもまともな判断ができるとも思えない。ここは一旦眠って酒が抜けてからちゃんと話を聞きに行くというのがいいだろう。

 だから今は目一杯この酒を楽しんでやることにしよう。でなければ酒に失礼だ。これは決して逃避的な行動ではなく今この瞬間を生きるための積極的なあり方というやつなのだ。

 栗木も佐原も同じ思いだったようで、一拍あけてから深く頷いてくれた。そういうわけでその日はゾキエフの話は忘れて、街への帰還を祝して大いに飲んで、それから大いに眠った。


 翌日、教会を訪ねる。

 教会は目立つ建物で街に降りてきてから、でなくて城にいたころからずっと気になってた。城に匹敵する広大な敷地を占有し、何より目立つのは高々とそびえたつ尖塔だ。東京タワーとはいかなくてもちょっとした高層ビルぐらいの高さはある。

 街のどこからでも見えるそれを目ざして歩けば迷う心配などない。入り口は開かれていた。が、そこからが問題でどこにゾキエフがいるんだかまったくわからなかった。


「すみませんが、ゾキエフさんに用があるんですが」

 ちょうど通りがかった僧服を着た同年代の少年に声をかける。少年は立ち止まってしばらく3人をじっと見つめてから笑って見せた。

「ゾキエフさまから話は伺っております。勇者様方、どうぞこちらへ」

 どうやらこちらがやってくるものだとすでに話を通してくれていたらしい。少年の案内にしたがい教会内を歩いていく。そうして奥まったところにある薄暗い一室へと3人を連れていくと、少年は礼をして去った。


 幅の広いがっしりとした机の向こうにゾキエフは腰を下ろしていた。なんだか校長室を思い出す。そういう雰囲気がある。

 ゾキエフはわりと教会内で地位があるらしい。それがどの程度かは見当つかないが。まあこちらに仕事を割り振ったりそれなりなのは前から察していたことだ。

 立ち上がるといつも酒場で見せるにやりとした笑みを浮かべる。ちょっとした応接スペースを手で指し示せば坊主と3人の少年は向かい合ってソファに座った。

「何が聞きたい?」


 ゾキエフの言葉は簡潔で力強い。

 疑問はそれこそ山のようにあった。けれどもここで暮らしていくうちにだんだんとわかってきた。それらの大半は冷静に考えてみればこの世界の住民であってもわからないことがほとんどなのだ。

 あるいは特定の限られた人間にしか知りえない情報。

 ひとつひとつ。一手ですべてがひっくり返るなんて、まあありえないことではないけど、期待しない方がいい。手をつけやすいとこからひとつひとつ片付けてこう。


「勇者が4人死んだというのはどういうことでしょう?」

「言葉通りの意味だ。お前さんたちといっしょに召喚された勇者のうち4人が死んだよ」

「具体的な名前はわかりますか」

 佐原の問いにゾキエフは指折りながら西川ら4人の名前をあげる。ある程度は予測していたことだ。召喚された直後に飛び出していった連中だった。


 そうか、死んだか。

 篠崎は冷めている自分に気づく。もとより同じクラスというだけでたいしたつながりがなかった部分はある。けれども同じ境遇に投げ出されたある種の仲間が死んだのだ。自分はそれなりの衝撃を受けてもいい気がするのに。それは当然の成り行きであって、感傷を抱くに値しないと考える自分がいる。


 この世界は厳しい。油断すれば容赦なく死ぬ。実感としてそれを知っている。

 だから何の考えもなしに飛び出していった彼らのことを軽率だとしか思えない。

 死ななければならない、死ぬべきだとは考えていない。しかし死んでしまったところでなんら不思議ではないとは考えてしまう。


 たとえそうだったとしても悲しみの方はどうだろうか。あまりに薄い。

 もちろんいくらかはある。それでもほとんど知らない人が死んだのと感情的に大差はなかった。

 この世界に来てから親しくなった人が死んだことを想定してそれと比べてみてはどうか。

 ゴング、それからサクなんてのはどうも死ぬのが想像できない。あれらが死ぬようならこっちが先に死んでいる。ゾキエフも得体が知れないところがある。下宿のばあさん。泣きはしないが悲しい気持ちになることはなるだろう。

 西川らに向ける感情の量はそれと変わらないみたいだった。


「彼らはまっすぐ魔王領に向かって飛びだしていった。その道中、何度か魔王側の襲撃にあうがそれらを退け進み、ついには境界領域にまで足を踏み入れた。だがそこまでだった、待ち伏せされていた。大量の魔物に取り囲まれてそしてあっけなく散った」

 ゾキエフがそんなことを話すのをぼんやりと聞いていた。ああそんなもんだったのかと強い感情を抱くこともなしに。そのせいだろう、不意打ちみたいにゾキエフの付け加えた言葉をなんとなくで聞き流すところだった。

「――ということになっている」

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